■2009年02月23日(月)22:38
青猫横町 9
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アパートの裏木戸を潜って、はたけさんの庭に帰った。 はたけさんはわたしに鰯の入った袋を持たせると、「ちょっと待ってて」と部屋の中へ入っていった。 しばらくして、まな板とボールと包丁を持って出てきた。 「お母さんが働いているんだから、ノドカも料理くらい作んないとだめだよ」 そう言って、はたけさんは袋の中の小鰯をボールにあけて、わたしに寄越した。 「そこの水道で洗って、うろこを落として」 わたしは言われるままに、縁台の横の水場で鰯を洗った。ボールの中でじゃぶじゃぶかきまぜていたら尖った胸びれが手に刺さって、びっくりした。痛い。 わたしは手を水から出して、ひれの刺さった指を口にくわえた。血の味がする。 「刺したの?」 はたけさんが訊くので頷いた。 「気をつけなよ」 かして、と言ってはたけさんは自分で鰯を洗い始めた。 一匹いっぴき、掴んで爪の先で鱗をこそいでゆく。 うろこを水で流して、水を切ると、はたけさんは鰯をまな板の上に載せた。 はたけさんが持ってきたうすい刃の銀色の包丁は、うちでお母さんが使っている包丁とは形が違った。細長い葉っぱみたいな形をしている。 はたけさんが鰯のエラの下に刃を入れると、スッと身が骨から剥がれてゆく。小骨を断つ、ぽきぽきという音が聞こえた。 「ノドカは生姜をすって」 はたけさんが皿と一緒に盆に載せてきたおろし金と、茶色い生姜のかたまりを顎でさした。わたしははたけさんが鰯をおろすのを横目に、生姜を小皿の上で擦った。 はたけさんはあっという間に、鰯を捌いてお刺身の山を皿の上に作った。 生姜をおろしたお皿に醤油を差して、はたけさんは鰯を一切れ指でつまむと、そこへひたしてぺろりと食べた。 「ん。うまい」 一つ、頷くと、はたけさんはまた部屋の奥へ引っ込んだ。 箸を二膳、持って帰ってきた。 「ノドカも食べなさいよ」 箸をわたされて、わたしも一緒にお刺身を食べた。ご飯もなしにお刺身だけ食べるなんて変な気がした。 はたけさんとお刺身を食べていると、アオが庭の奥の茂みからやってきて、甘ったれた声で「にゃああん」と鳴いた。お刺身を一切れ投げると、アオはそれを庭の隅へくわえて走っていき、かふかふと食べ始めた。
--------------------------------------------- これで冷酒を引っ掛ける、と。 子供にはおかずだけ食べる状況って分からないよね。 | | |