■2009年09月14日(月)22:22
青猫横町21
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錆びた取っ手を回して引くと、ぎきぃいと音をたてて木戸はひらいた。 アオをしっかり抱いてわたしは外へ出た。 はたけさんといつも歩く道だ。一人で外へ出てはいけないとお母さんは言ったけど、アオが一緒だからいいだろう。 向かいの大家さんの庭には垣根に沿って、背の高いムクゲの花がこちらを見下ろしている。うすいピンクで、真ん中だけ赤紫だ。たっぷりと花粉をつけた黄色いおしべが花びらと一緒にゆらゆら揺れる。 塀に挟まれた細い路地を抜けると、商店街にでた。 明るい通りには買い物をしている人がちらほらいるだけだ。わたしは周囲を見回してから、商店街へ踏み出した。 そうしたら急に腕の中でアオがにょろにょろ動き出した。 しっかり抱きなおそうとするのだけれど、アオの体はくにゃくにゃで腕をすり抜けてしまう。アオはわたしの手から抜け出して、肩をよじ登り、頭の後ろへ回ってしまった。背中を踏み台にされたわたしはアオが落っこちないように自然と前かがみになって顔が上げられない。 手を肩越しに回して足を捕まえると、アオは引きずり降ろされまいと背中に爪を立ててきた。 痛い、痛い! 通り過ぎる人がわたしとアオを見てクスクス笑った。 笑い事じゃないのに。笑っている場合じゃないのに。早くお医者さんに行かないといけないのに。 アオの足を掴んだ手を無理矢理引き寄せようとすると、アオはわたしの背中を蹴って地面に降りると、そのままお店とお店の間の狭い隙間に滑り込んで消えてしまった。 アオ、アオと呼んだけれど出てこない。 しばらく、建物の間のせまいすき間をのぞき込んでいたけれど、しかたなしにわたしは立ち上がった。まわりを見回してみた。金物屋さん、布屋さん、なにを売っているのか分からないお店、小さい酒屋の錆びたトタンの壁を通り過ぎて、いつも行くイサキさんの魚屋さんのもっと向こうに、こんもりとそこだけ緑の葉っぱが茂っていて、その間に白い看板が見える。 「指定医療忍機関」と読めない漢字の列の横に、一回り大きな文字で「ヤマメ医院」と書かれている。 よじれたような形の椿の木があって、ジージーと蝉が一匹だけ鳴いている。そういえば、今年初めて聞く蝉の声だ。小さな門の奥に剥げかけたオレンジ色の木の扉が見える。わたしはそっと門の中に入っていった。
--------------------------------------------- ここまででポメラの電池が切れた。 | | |