■2010年10月31日(日)21:24
青猫横町36
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朝起きると、部屋の中がむわっとしている。 厚い掛け布団は寝ている間に汗をかくようになったので、押し入れにしまって、かわりに薄い夏掛け布団をおかあさんが出してくれた。 カーテンを開けると真っ黄色の眩しい光が飛び込んでくる。いつの間にかたくさんの蝉が鳴いている。朝なのに昼間みたいな賑やかさだ。 おかあさんはもう起きて台所でご飯を作っている。わたしは急いで布団をたたんで、顔を洗って歯を磨く。おかあさんが仕事に行く時間になる前に準備しないといっしょにごはんが食べられない。パジャマを着替えて、おかあさんのいる台所へ行った。ご飯のお茶碗を受け取って卓袱台の上に並べる。 それから卓袱台の、わたしのピンク色の座布団のところに座った。卓袱台の上にはもう目玉焼きといんげん豆のごま和えと、白菜のお漬け物の小鉢がのっていた。最後におかあさんがおみそ汁のお椀を二つ運んでくると、一緒に朝ごはんを食べた。 白菜の漬け物の、うすい緑色の葉っぱでご飯を巻いて食べるととてもおいしい。 白くてぶあついところも噛むと、かしかし音がしておいしい。 「ノドカは白菜のお漬け物が好きねえ。すぐなくなっちゃうわ」 おかあさんは笑って言う。 おかあさんの生まれ育った家は山の上にあったから、冬になると野菜がなかなか手に入らなくなって、毎日毎日、白菜のお漬け物ばかり食べていたのだそうだ。白菜のお漬け物は古くなってくると酸っぱくなって、おかあさんはあんまり好きじゃなかったと言った。
はたけさんの庭には今日も、たくさんの野菜がなっている。 最近、はたけさんが気にしているのは庭の右側の方、わたしがいつもはたけさんの庭へ入るためにくぐっている垣根の近くに植えてあるトマトだ。 最初は堅そうな緑色の小さな実だったのに、だんだん黄色くなって、ピカピカした皮がだんだんにぶくなってきて、ついに両手におさまらないくらいの大きなトマトになった。 はたけさんはおおきな笊を脇に抱えて、ちょきん、とトマトの実をはさみを使ってもいだ。 「これは、なかなかのトマトじゃない?」 はたけさんはつくづくとそのトマトを眺めながら言った。 まるまると大きくて真っ赤なトマトは本当に立派で、お店で売っているのよりずっとおいしそうだ。 「いいにおい」 はたけさんはトマトを三つもぐと、笊にのせたままひょいひょいと縁台に登って、家の中へ入っていった。 わたしは繁ったトマトの葉の中をのぞきこんで、他にも赤くなっているトマトがないかと探した。トマトの苗は不思議なにおいがする。青臭いけど、普通の葉っぱのにおいとはちがう。しょっぱいみたいなにおい。 トマトを食べる時はそんなににおいはしないのに。 トマトの葉っぱを触ってみると、白くてかたい毛が生えていてごわごわしていた。 「ノドカ」 はたけさんが縁台から呼んだ。 わたしは立ち上がって、はたけさんのいる方へ、ぴょんぴょんと畝をこえていった。 はたけさんは縁台の上で白いお皿にトマトを並べて待っていた。 台所でトマトを洗ってきたらしい。手を着いてのぞき込むと、はたけさんが塩の瓶を、ことん、と目の前に置いた。 「食べてごらん」 トマトは丸ごとのまま、お皿の上で真っ赤につやつやしている。 わたしはそっと、その一つを掴んでみた。大きなトマトを両手で包んで、はたけさんを見上げると、はたけさんは片手でトマトを摘んで、がぶりとかじりついた。 じゅるっと汁を啜って、むしゃむしゃと食べている。 「おいしい」 はたけさんが言うので、わたしも両手の中のトマトを口元まで持っていった。大きく口を開けて、歯をあてる。ちょっとかたい。 思い切ってかじりつくと、ぶちゅっと実がわれて、汁がいっぱい溢れてきた。 口いっぱいに青臭い、しょっぱいような味が広がった。
--------------------------------------------- お久しぶりの青猫横町。 夏の間に書きたかった。 物語中の時間はこれから夏です。 | | |