「このささやかな死」
「うふふ」
「遊びましょう」
少女の手がそっと私の手に触れた。ひんやりと冷たく、しかしひどく生々しい。はじかれるように私は顔を上げた。こめかみを幾筋もの汗が伝い落ちた。汗ばんだ自分の手に重ねられた、白い、柔らかな肉。
少女は私の手を掴んだまま私の視線を捉え、そして廊下の奥を振り返った。白い木綿のシャツの背中に窓からの光があたる。真っ白な光。床に落ちる血痕。
衝動的に私は腕を伸ばし、彼女の背を抱きしめた。か細く柔らかな感触が私の心にひやりとした感覚を落とす。自分の息が獣のように耳元で聞こえる。自分の雄が痛いほど張りつめているのを感じた。それは今まで私が感じたことのない衝動だった。
一瞬息を詰めた少女の呼吸が緩く深く、私のそれと同調し、やがて同じ獣の息遣いに変化していくのが分かった。
長い廊下を私は少女に手を引かれて歩いている。ぶわぶわと足下が揺れて現実感がない。密閉された容器の中のように空気が動かない。動作は自然緩慢になる。だが私の心には漠然とした恐怖があった。
その廊下の奥へと進むことに対する恐怖。
厭だ、と思った。行きたくない。そちらには何か恐ろしいものが待っている。
けれど私は諾々と彼女の後を歩いている。抵抗することも許されず折檻を受けるために母親の後をとぼとぼとついて歩く子供のように。
突き当たりの扉の前で母は、少女は、彼女は振り返った。緩く笑み、扉を開く。私は恐怖のあまりガタガタと震えた。
その奥は真っ暗な死の淵に違いない。
絶対的な冷たさの、孤独の、闇に違いない。
私には耐えられないと思った。
一歩を踏み出す事が出来ない。その部屋へは入りたくない。恐ろしいのだ。凍りついたように私は立ち尽くした。
けれど迷いなく少女は扉の内へと進んだ。そして怪訝そうに振り返り、その視線が私に語りかけた。
---知っているのよ、
---あなたの望みを知っているのよ
ああ。
私は人形のようにぎこちない動作で部屋へ踏み込んだ。
そこは私が思っていたような冷たい闇ではなく薄明るかった。日に透かした皮膚のようにうっすらと血潮の赤に彩られて、薄明るく、暑く、湿っていた。吐き気がした。それと同時にひどく心地よかった。
ゆらゆらと少女の細い手足が私に絡みつく。
息苦しい。暑い。汗のぬめった感触が気味悪い。他人の肉の感触に自分が生きながら喰われていくような気がした。
けれど実際の私は獣のように少女にのし掛かり彼女を犯していた。
少女は笑んでいた。
その笑みが恐ろしい。
彼女の感じているだろう快楽が恐ろしい。
恐怖に駆り立てられ、けれど胸の芯が痺れている。
何も考えたくなかった。恐ろしいのは、抗うからだ。
全てを委ね一緒に沈み込んでゆけばいいのだ。他人の肉の中へ溶け込み、奥深く取り込まれてゆくのは心地良いことではないのか。
奥へ、奥へ。
私は沈み込んでゆく。
ここは温かい。
生々しく湿って、赤い血の温かさに包まれている。
---あなたの望みを知っているのよ
ああ、それは、私の望みだったのだ。
やがて、小さな死が訪れた。