「ヘンゼル」


 父さんと母さんがこっそり相談しています。
 もう食べる物がないからあの子達を森へ捨ててしまおうって。
 私達はドアの陰でその声を聞いていました。
 お兄ちゃんは泣き出してしまいました。私はお兄ちゃんはどうしてそんなにたくさん涙が出るのかしらと不思議でした。お兄ちゃんはいつもお猿さんみたいに顔を真っ赤にしてぽろぽろ涙を零すのです。その顔を見ていると私は悲しいと思うことよりも不思議な気持ちになってしまうのです。
「大丈夫だよ、グレーテル。心配しないで」
 お兄ちゃんは泣きながら私の手をぎゅうっと握って言いました。
 お兄ちゃんの手はどうしてこんなに熱いのかしら、と私は思いました。



 次の日、父さんと母さんに連れられて私達は森へ行きました。父さんと母さんは本当に私達を捨ててしまうつもりなんだなと思いました。
 木の実や茸を探しながら私達は森の奥へと入ってゆきました。灰色の小鳥が綺麗な声で鳴いています。
 茂みの向こうに父さんの背中が隠れました。慌てて追いかけましたがもう見つかりません。母さんの姿もいつの間にか見失ってしまったようです。
 お兄ちゃんは真っ青になって泣きだしてしまいました。
「大丈夫だよ、グレーテル。パンのかけらを蒔いてきたから。それを辿ればお家に帰れるよ」
 泣きながら私の手を握ってお兄ちゃんは言いました。
 やっぱりお兄ちゃんの手は熱いのです。



 私は自分の手が冷たいのがとても嫌です。
 だからお兄ちゃんに手を繋いでもらうのが好きです。
 お兄ちゃんの背中を見ながら歩くのも好きです。
 本当は私達を捨てた父さんと母さんのお家になんか帰りたくなんかないのだけれど、お兄ちゃんがお家を恋しがって泣くので私は黙ってついていきました。






































 私達はお菓子の家にいます。
 パン屑を小鳥が食べてしまったのでお家には帰れなくなってしまったのです。森の中を迷い歩いているうちにお菓子の家に着きました。
 お菓子の家には魔女が住んでいました。
 私は魔女の家でお掃除とかお洗濯とかお料理とか色んな仕事をさせられています。
 魔女はお兄ちゃんを檻に閉じこめてしまいました。
 太らせて食べるのだと言っています。
 目の悪い魔女は毎日お兄ちゃんの親指に触ってどれくらい太ったかを確かめます。
 私は魔女がお兄ちゃんに触るのがとても嫌です。
 私は時々魔女の目を盗んでこっそりお兄ちゃんのいる部屋を覗きに行きます。
 お兄ちゃんは檻の中で泣いてばかりいます。でも私に気がつくと泣きながら私に言うのです。
「大丈夫だよ、グレーテル。僕がきっと助けてあげるから」
 私は魔女を殺してしまうことに決めました。




 私は魔女を竈めがけて突きとばしました。
 ごおごおと燃える火は枯れ木のような魔女の体にぱっと燃え移り、嫌な悲鳴を上げながら魔女は竈の中を転げ回りました。
 私は魔女から盗み出した檻の鍵を持ってお兄ちゃんのいる部屋へ駆け込みました。檻の鍵を開けるとお兄ちゃんの腕をとって外に出ました。
「もう大丈夫よ、お兄ちゃん。魔女の体はすっかり燃えて灰になってしまったわ」
 私が言ってもお兄ちゃんにはなんのことだか分からないようでした。
 私は台所の竈の前にお兄ちゃんを連れていき、真っ黒に焦げた魔女の死体を見せました。
「嫌な魔女は私が竈に突き飛ばして殺してしまったの。だからなんにも心配ないわ。これからは私達二人だけでこのお菓子の家で暮らしましょう」
 私はお兄ちゃんの手をぎゅうっと握って笑いました。
 お兄ちゃんは叫び声をあげて私の手を振り払いました。そしてそのまま、森の中へと走っていってしまったのです。










































 それからずっと私はこの家に一人でいます。
 お兄ちゃんが戻ってくるのを待っています。
 戻ってきたらお兄ちゃんは私の手をぎゅうっと握ってくれるのです。
 お兄ちゃんの手はとても熱いのです。
 私はいつも冷たく凍えた枯れ木のような手を握り合わせて、その手の熱さを思い出すのです。