「死んで狐の皮衣」




 彼らが私を愛さないのは私が彼らを嫌っているからだ。
 意識にはのぼらなくとも、不思議とそういう匂いは肌で分かる。私の嫌悪が彼らに感染するのだろう。
 私に居場所がないのは私が求めようとしないからだ。求めない者には何も与えられはしない。
 そして求めてばかりの者には何も与えられない。与える者にのみ祝福は与えられる。
 神様はたくさんの善きことを私に教えて下さった。
「だから自分から彼らの中に入って行かなくてはと思うの」
 思い詰めた結論を語るのに彼女は怪訝そうな顔を見せる。白い小さな顔を歪めて。
「あなたは彼らが好きなの?」
「好きにならなきゃいけないのよ」
「どうして?」
「だってあんまり傲慢だわ。嫌ったりするのは良くないのよ」
 理解しがたいものを見るように彼女は私を見つめた。
「私は彼らなんてどうだっていい。好きでも嫌いでもない。だから近づきたいとも思わない」
 白い花のように美しい彼女は冷淡に言った。
 それが傲慢なのだと、そう言っているのに。少なくとも彼らの目にはそう映るのだ。
 逆に彼女の冷淡さを崇める輩もいるに違いないけれど。そんな歪んだものはまっぴらだ。
 私は真っ直ぐな線が欲しい。
 歪むことなく弛むことなく張りつめた糸のように、ただ一筋の真実。




 私は彼らの所まで裸足で歩いていった。
 そして私は娼婦に堕した。




 今になれば自分の愚かしさが分かる。
 踏みしだかれるために裸足で出ていく馬鹿はいない。誰もが靴を履く。
 私も靴を履く。
 美しい衣装を身につけ、化粧をする。
 足の指は締め上げられ悲鳴をあげた。窮屈な衣装は私を隠し、白粉は仮面のように息を塞いだ。
 かわりに私は私の価値を得る。なるべく高く。高く。
 身をひさぐなら値は高い方がいい。
 私が殺したものの分だけ、高く買ってくださいまし。


 彼女は裸足のまま鏡の中から私を見ていた。
「なんにも欲しくはないくせに」
 私に向かって呟く。
「誰も好きではないくせに」
 今となっては彼女と私のどちらが傲慢だったのか分からない。
 笑ってしまう。誰が私などを求めるだろう。誰が私に与えられることを望むだろう。 誰が私などに嫌われて傷つくだろう。
 客は娼婦の顔など見ない。私も客の顔など見ない。
 誰だっていいのだ。私も、彼らも。
「それでも貴女はまだそちらにいるの?」
 歪むことなく弛むことなく張りつめた糸のように、ただ一筋の真実。
 そんなものが何処にあったというのだろう。
 吐き続けた糸は縺れて螺旋を織る。
 擬態した私は真実からほど遠い。
 自分の吐いた糸の上で踊っていただけなのだ。
 なぜここへ歩いてきたのかさえ、もうどうだっていい。
 ただ高いところへ。少しでも高いところに巣を張る。
「本当にそこにいたいの?」
 手を離せば簡単に落ちられるだろう。
 それでもこの巣は私の一部だ。
 生け贄の肉を貪った私にはもう戻る術がない。
 私は屠った者のために涙は流さない。
 最初に嘘を吐いたのは私。
 吐いた嘘ならつきとおさねばならない。


 神様はいくつもの善き言葉で縄をなう。
 首に縄を掛けられて私は藻掻いた。
 水に映った影は彼女の影。白い肌に真紅を纏って眩暈のするような美しさ。
 真っ白な花は最期の一時に血を吐いて、鮮やかに散り果てた。
 銀杏の木の下で、彼女は望みを叶えたのだろう。
 綺麗な、きれいな白い花。
 自分の体を見下ろして、私は失望する。
 私の体は白くない。
 擦り切れた皮膚は血が滲んでぼんやりと薄赤い。
 嘘なんか大嫌い。
 でも嘘しか知らない。
 なんて卑しく生きてきたのだろう。
 降りしきる薄紅の花弁が喉に詰まって息が止まる。
 藻掻いた指先に触れるのは闇ばかり。


 私は人を信じない。
 永遠を信じない。
 再会を信じない。
 私の行く先はどこにもない。






『これで嘘吐きな売女の話はお終いです。』
 笑いを含んだ声で誰かが言った。