イルカの検査の結果は陽性だった。
ベッドで待っている間に眠ってしまったイルカに念のためと点滴を打ってもらって、薬を飲ませると、再びカカシはイルカを背に負って家路についた。
このまま朝まで入院していってもいいですよ、と言われたけれど隣室に次々運び込まれる急患達を見ているとベッドを塞ぐのは悪いような気がした。幸い、薬を飲んで暫くするとイルカの具合も良くなってきたようだったので家でゆっくり休ませることにした。
すごい格好だな、とベッドの中の綱手が高熱に呻りながらもニヤリと笑った。
綿入れを着せたイルカを帯紐で腰に括り付けた格好はまるで子守をさせられている小僧のようだと言って可笑しがられた。
「カカシ、おまえは大丈夫なのか?」
「俺も先月ワクチン打ってますから」
任務で外に出る忍達は接種を受ける日が決まっていて一斉に接種を受ける。犬の予防注射と一緒だ。
「内勤者の方が仕事が変則的になっていて後回しにしている人が多いみたいですよ」
「そうだな。窓口業務もあるってのに油断していたよ」
白い腕を持ち上げて綱手は熱っぽい額にかかった前髪を掻き上げた。
「今年のは悪質だって言われていましたけど、まさか綱手様が倒されるなんて思いませんでしたよ」
シズネがその腕を取って布団の中に仕舞い込ませた。
倒れるではなく倒されるんだ。やはり医療忍は考え方が違うなとカカシは思った。
倒されるのは敵にばかりではないのだ。
帰り道は背中で眠っているイルカを起こさないように静かに歩いた。往きの自分の取り乱しようが少々恥ずかしい。綱手に笑われるはずだ。
背中に負ったイルカの体はまだ常よりも熱いが、呼吸はずっと楽そうになった。
カカシは目蓋に熱が籠もるのを感じた。
あんなイルカを見たのは初めてだった。
吐いて吐いて、泣いて泣いて、このまま死んでしまうんじゃないかと思った。
普段、丈夫な人だから驚いた。そういう人ほど病に倒れやすいとも言われているのに。
漠然とカカシは先に死ぬのは自分の方だろうと思い込んでいた。任務に出るのも前線に立つのも自分の方が機会が多い。敵とやり合った回数もイルカの比ではないだろう。だが、気がついてみれば悪運強く生き延びてこんな歳になっている。
チャクラ切れでばたばた倒れるくせにしぶといと紅などには言われる。
実際にはイルカの方が力も弱いし体力もない。どうしてこの人は大丈夫などと信じてしまっていたのだろう。
布団とトイレの間を往復するこの人の後をおろおろとついて歩いていた自分。情けない。
結局、イルカを落ち着かせたのは自分ではなかった。
避難所の子供達の話と、火影の横顔、それを眺めながらイルカの目が安らいでゆくのをカカシは複雑な気持ちで眺めていた。そんな自分の心境に自分でも驚いた。
三代目が亡くなっても、里が滅んでも、イルカは子供達を守り続けるんだろう。犬のように忠実に。それだけが自分に与えられた使命と信じて。
そう思うと安心する。だが、一方で胸を掻き毟りたくなるような気持ちもする。
この人には分からないだろうとカカシは思う。
イルカの額の熱がどんなに自分を怯えさせたかなんて。
この人だけだ。
自分をこんなに恐ろしい目に遭わせるのは。
大事な人なんて誰一人残っていない。そう嘯いた自分はどこかへ消えてしまった。恐ろしいことだと思う。自分もイルカ同様、里に忠実な一匹の犬に過ぎなかったのに。
わがままを覚えてしまった。
カカシは背中のイルカをそっと揺すり上げて背負い直すと、大切に大切に家に運んで帰った。