今度はちゃんと向き合って、イルカもカカシに触れた。
 カカシの膝の上でカカシを受け入れて、それから何度か抱き合った。
 二人で布団に潜り込んで悪戯し合いながらそのうち眠りに落ちた。
 窓の外が白み始めた頃、隣に眠っているカカシがごそごそと動くのを感じてイルカは目を覚ました。
「どうしたんですか?」
 カカシが寝たまま腕を伸ばして床に落ちた服を拾い上げようとしている。
「ん、ごめんなさい。起こしちゃいました?」
 目を擦るイルカにカカシは済まなそうに眉を下げた。
「お腹空いちゃって」
 イルカ先生もお茶漬け食べますか?と聞かれてイルカももそりと起きあがった。
 服を着て適当に髪を束ねるとイルカはテーブルの上に置きっぱなしだった佃煮の箱を開けた。
 カカシが昨日、放置した湯沸かし器に再びスイッチを入れた。
「あー、茶碗がない。イルカ先生、これでいいかな?」
 カカシがマグカップと深皿を持ってきた。急須もないから茶漉しに茶葉を入れて直接注ぐという。
 本当に何もない部屋だ。イルカの部屋に持ち込まなかったのではなく、持ち込む物を持っていなかったらしい。
 イルカの家からだけでなくこの家からも、いついなくなるか分からない人なのだ。
 本命は七班の三人だというのも本当なんだろう。
 でもイルカのことを好きだと言ってくれる。逃がさないと言ってイルカを縛りつけたり、二人だけでどこかへ行ってしまいたいとも言う。絶対にそんなことはしないのだろうけど。
 誕生日に欲しいのは佃煮だと言う。
 イルカは手の中の箱を見下ろして、リノリウムの床の冷たさを裸足の足裏にひんやりと感じた。
 皿とマグカップに握り飯を入れ、佃煮の袋を開けた。
「鰯煮ですか?大物ですね」
 カカシが嬉しそうに言う。
「誕生日ですからね。豪勢にいきましょう」
 イルカも笑って事務机から引っ張ってきた椅子に腰を下ろした。
「イルカ先生は俺と別れてどうするつもりだったんですか?」
 湧いた湯を片手に、カカシが何気ない風で尋ねた。
「他に好きな人を作る?女と結婚する?」
 確かにそうも考えた。でもイルカの心は決まっていた。
「−−−カカシさんのこと、好きでいますよ」
「好きなのに別れる気だったの?」
 カカシの問いにイルカは頷いた。
「好きなのは俺の気持ちですから。片想いでも馬鹿みたいでもなんでもいいんです。俺の気持ちの価値は俺が決めます」
 真っ直ぐにカカシの目を見てイルカは言うことが出来た。色んな基準があり、価値観がある。壷一つに二百万両払う人間もいればがらくたを大切に抱えている人もいる。その大切さはその人本人にしか分からないし、その人本人だけのものなのだ。
「あなたのことが好きですよ。誕生日おめでとうございます」
 もう、日付変わっちゃったけど、と付け足すと、カカシはしぱしぱと目を瞬いた。白くて長い睫が少し湿っていた。
「俺は自分の気持ちにそんな風に自信が持てません」
 カカシは俯いて茶こしに湯を注ぎながら言った。
「俺のことを好きだと思うのが恥ずかしいんですか?」
 イルカの言葉にカカシはこくりと頷いた。
「任務の最中にガイと息を合わせて戦っているのを見て嫉妬したり、あなたの気持ちを無視してもあなたを繋ぎ止めたいと思ったり、そういう自分が恥ずかしいんです」
 イルカは傍らに項垂れる銀の髪を梳き上げて、耳朶を撫でた。
「構いませんよ。俺はあなたが好きですから。ね、食べましょう。美味しそうだ」
 イルカは箸をとって深皿を手に取った。カカシもそれに倣ってマグカップを持つ。
 ぞろろ、と茶漬けを啜って、美味しいですねとカカシが言う。
「幸せですね」
 窓から差し始めた朝日の中でカカシが笑って言ったので、イルカは少し泣いてしまった。




終わり。
ここまでおつき合い下さった皆様、ありがとうございました。