「ホットケーキ先生とパンケーキさん」

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 カカシは一人暮らしのいわゆる非リア充だ。
 父親が北方の人間のせいでここらでは珍しい銀髪に、鼻筋の通った色白の外見をしているのでモテるのだが、周囲の人間達に言わせると「草食系どころか断食系」「悟り世代で可愛げがない」そうだ。
 そんなことはないんだけどなあ、とカカシは思っている。
 仕事は一生懸命やるし、結構、完璧主義だ。たしかに出世欲はないけれど、プロジェクトがうまくいけば人並みに嬉しい。
 ただ、周囲から浮いた外見のせいで人から壁を作られやすいんだと思う。熱血漢で筋肉を鍛えるのが趣味の友人なんかは、自分からガツガツ来てくれるから助かる。正反対の彼とカカシが仲良くしているのをよく不思議がられはするけれど、カカシには心安くしてくれる貴重な友人だ。
 異性相手の場合は、相手が勝手にハードルを上げてしまってなかなか親しくなれないのだと思う。だから恋人がいないんだと。
 恐ろしく美人の友人はカカシはまったくタイプではないらしく、それ故に親しくなったのだが「そういうところが草食系って言われるんでしょ」と呆れている。
 上げられたハードルを乗り越えてでも相手を求める気概がないからいつまで経っても一人なんだという。
 「アニメでやってる壁を乗り越えて人を喰らいに来る巨人並のタフさが恋愛には必要」なんだそうだ。
 そこまでするのはちょっと嫌だな、とカカシは思っている。
 そんなカカシだが、最近、気になっている人がいる。
 いつも穏やかでほっこりとした笑顔のホットケーキ先生だ。
 カカシの家の近くの道でよくすれ違うので近所に住んでいるのだと思う。
 人懐っこく親しみやすい雰囲気の人で、こんな外見のカカシにも身構えることなく他の人に対するのと同じように接してくれる。彼はこのあたりでは珍しくない黒い目に黒い髪をしている。長めの髪は無造作に頭の上で括られている。にかっと笑うと白い歯が覗いて、目が優しく細められる。健康的な小麦色の肌をしていて、はきはきと滑舌がいい。顔の造作は美形というほどではないが地味に整っていて、男らしいけれど愛嬌のあるなかなか可愛い顔だと思う。鼻の上を横切る傷跡がうっすらとあるが強面には見えなかった。
 もっと親しくなりたいなあ、とカカシは密かに思っている。けれども切っ掛けがなくて、むこうにはただの近所の人という認識しかされていないだろう。でも、あまりチャラついた雰囲気の人ではないし、服装も垢抜けない。あまり異性にモテるタイプではなさそうだからカカシにもチャンスはあると思う。
 そんな風にカカシは悠長に構えていた。


 ある休日の午後、カカシは非リア充らしく特にやるべき事もなく、人との約束もなかったので家でゴロゴロしていた。いつもより遅く起きて、何か面白い番組でもやっていないかとテレビをつけて、リモコンを片手にチャンネルを次々変えていく。切り替わっていく画面にふと、見知った人が映ったような気がしてカカシはリモコンのボタンを押す手を止めた。
 画面には一人の男性が映っていた。今風のすっきりした暗い色味のジャケットを羽織って、デニムのパンツを合わせている。胸元にはシルバーのアクセサリー、手首に巻かれているのは海軍仕様の腕時計。何気ないが金のかかっていそうな服装だ。
 画面にはけばけばしい色の文字で「超絶人気!街で話題の新スイーツ!」と書かれており、若い女性リポーターが甲高い声で騒いでいる。
「こちらが今、口コミで大人気の新スイーツ!パンケーキさんです!!」
 女性リポーターに紹介されて男ははにかんだ笑みを浮かべた。凛々しい眉とアーモンド型の目、形のよい額にさらりとかかる長い黒髪。微笑んだ口元から白い歯が覗いた。そして鼻の上を横切る一文字の傷跡。
 カカシは我が目を疑った。
 見慣れた人の見慣れない姿と、それに行列を為して群がる若い女の子達。
「嘘でしょ…?」


 カカシは暗い路地の塀に凭れていた。切れかけた電灯がちかちかと表通りを照らす夜の道に目を凝らしていた。この数日、仕事から帰って一人で家にいると居ても立ってもいられなくなり、こうして夜の住宅街を彷徨いている。押さえ込んでも押さえ込んでも腹の奥からどす黒い感情が沸いてくる。
 明確な目的があるわけではなかったが、目は常にあの人の姿を探していた。時折、この道ですれ違った。夜は駅の方向から歩いてくることが多い。個々で待っていれば………
 自分がどうするつもりなのかも分からなかったが、夜の住宅街に足音が響いた時に、咄嗟にカカシは息を潜めて近づいてくる人間の気配に息を殺していた。
 長い黒髪が夜の色に馴染んでいた。肩幅から女でないことは分かる。しっかりした足取りはいつも目で追っていた人のものだ。
 彼が路地の前を通り過ぎようとした時、カカシは彼の腕を掴んで路地に引き込んでいた。
「…!!」
 驚愕した彼が息を呑む。
 カカシは自らの体で彼をブロック塀に押しつけた。
「あなた、ホットケーキ先生ですよね?パンケーキさんじゃないでしょ?」
「な…なんですか、あなた?!」
 興奮すると少し声が高くなるようだ。
「昔はあなた、小豆餡挟んで、生クリームに缶詰のミカンのっけてたよね?…新スイーツなんて言っちゃってさ」
 カカシは鼻で笑った。男は戸惑いながらも、なんとかカカシから身を離そうと暴れた。
「離してください!」
「アイスクリームにフランボワーズソース?最近じゃ、リコッタチーズまで混ぜちゃって…そんな事してもあなたがホットケーキだって事、おれにはちゃあんと分かるんですよ」
「あ、あなた、一体…」
 たじろぐ男にカカシが口角をあげたところで、後ろから突然、制止の声が響いた。
「おい!何をしている!!………って、先輩?」
 聞き覚えのある声にカカシは舌打ちをして振り返った。
「先輩、何やってるんですか?その人は…あ!パンケーキさん?!」
 マヌケな声を上げた後輩をカカシは睨みつけた。こいつが偶然、通りかかるなんて…本当に間の悪い奴だ。オマケにこの人の事をパンケーキだなんて。
「違うよ、この人はホットケーキ先生」
「何言ってんですか、パンケーキさんでしょ?今、話題の」
「違うったら!」
 突然、現れて言い争いを始めた二人を驚いた顔で代わる代わる見ていた彼が「あ、あれ?」と声をあげた。
「はたけさん…?」
 カカシの腕の中でぽかんと口を開けて、彼がまじまじとカカシを見上げた。
「知り合いですか?」
 後輩が首を傾げて彼に問うと、彼はしっかりした声で「はい」と答えた。
「本当ですか?先輩、変なことしないでくださいよ?」
「いいから、あっち行けよ」
「あの、大丈夫です。知り合いですから」
 彼がそう言うと、疑わしそうな顔をしつつ後輩は離れていった。三人一緒に路地を出て、街灯の灯る道に出ると「先輩、犯罪者にだけはならないでくださいよ」と念を押しながら後輩は歩き去った。
「はたけさん」
 二人になって改めて呼ばれると、途端にカカシはばつが悪くなった。急に頭が冷えて、自分のしたことにゾッとする。これではまったくの変質者ではないか。
「はい」
 恐る恐る彼の顔を見ると困った顔で微笑まれた。こんな時にそんな風に可愛く笑うのは犯罪を誘発するとカカシには思えた。
「あの…」
「すみませんでした!」
 カカシは勢いよく頭を下げた。
「俺、頭に血が上っちゃって、先生がパンケーキなんて呼ばれてみんなに持て囃されてて…なんだか急に遠い人になってしまったみたいで…」
 彼はカカシの勢いに目を丸くしていたが、ふるふると首を振ってカカシを見つめた。
「よく俺が、昔は小倉クリームで売ってたことご存知でしたね」
「あ、それは、子どもの頃、友達が二人で誕生日に焼いてくれて、不器用だから外側は黒焦げなのに、中は半生で、あんこも缶詰のあっまいやつで、俺、甘いの苦手なのに…」
 もう会えない二人が手作りで祝ってくれた誕生日。白くて丸いお店のケーキなんて子どもには手が出なくて、市販のホットケーキミックスで焼いてくれた不格好な誕生日ケーキ。
 彼はカカシの話に優しく頷いてくれた。
 子どもにかえってしまったみたいな自分が恥ずかしくてカカシは頭をガリガリと掻いた。
「あの、先生、いつもはTシャツにジャージとかなのにテレビではすごくお洒落で…」
「あれは全部、衣装さんが用意してくれたんですよ。新しいイメージで売るからって」
 だけど、と彼は微笑んだ。
「名前がホットケーキでもパンケーキでも、俺は変わりません。いつでもおやつの時間は一緒に過ごしましょう。なんでも、あなたの好きなものを添えてください」
 にっこりと微笑む彼に、カカシは目頭が熱くなるのを感じた。
 そして草食系だの断食系だの悟り世代だのと言われていた自分がこんな事までしてしまうなんて、人間の感情とは恐ろしいものだと骨身にしみたのだった。


おしまい


*よくある「パンケーキ、パンケーキって流行ってるけど、あれ、要するにホットケーキだよね?」というツッコミをカカイルにしてみました。そんだけ。いいの。夏だから。夏の不条理。


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