上忍式



 上忍控え室に顔を出した紅が、抱えた小さな白い箱を差し出してテーブルの周りにいた連中に尋ねた。
「どれがいい?あたしはこれがいいんだけど」
 箱の中には色とりどりのケーキが詰められていた。
 今日の任務でケーキ屋の売り子をやったから売れ残った物を貰ってきたのだという。小さな部下達は最初はケーキが食べ放題だと喜んでいたが、ホールケーキにナイフを入れるのを失敗するたびに崩れたケーキを食べる羽目になって、最後にはもう食べられないと音を上げたらしい。キバは動作は速いけれど大雑把ですぐにケーキを潰してしまうし、シノは腕に集った虫を見た店員に卒倒された。やはりヒナタがこういう仕事は一番向いているみたいだと可愛い部下達の話をしながら、「で、どれがいいの?」と紅は周囲の上忍達に重ねて訊ねた。
「って、おまえが先にこれがいいって言っっちゃったら他の奴がそれを選べるはずがないでしょーが」
 カカシはイチャパラから目を上げて紅に文句をつける。他の連中はどれどれとテーブルに置かれたケーキの箱を覗き込んでいる。
「別にそんなの関係ないわよ。欲しい物を欲しいって言えばいいだけじゃない。主張できない奴は残り物でも食べてればいいのよ」
「他の奴が同じの食いたいって言ったらどーすんの?」
 カカシは紅が先に食する権利を主張したサバランを指して言った。スポンジ生地にたっぷりと洋酒を染み込ませた甘ったるい菓子だ。紅はケーキは嫌いだったはずだがアルコールが入っていれば別らしい。
「じゃんけんで決める」
 あっそ。
 普段から男は甘いもんなんか食うもんじゃないと言っているアスマは「これとこれとそれとあれ以外ならいい」と一見消極的だが押しの強い言葉を吐いた。
 あー、ハイハイ、要するにコーヒーゼリーしか食べたくないわけね。
「オレはマロンタルトがいい!だが、オレに挑んででもマロンタルトが食いたいという奴がいるなら譲ってもいいぞ!」
 ガイがウオオ!と気勢を上げる。そんな暑苦しい思いをしてまでマロンタルトが食いたい奴なんているのか?
 別に甘い物が死ぬほど好きってわけじゃない。どちらかというと苦手だ。他の上忍はそれぞれ勝手に好きなケーキをさっさと取っていく。
 主張しなかったカカシは結局、残り物のレアチーズとチョコレートケーキを押しつけられた。





   中忍式


「これ、父兄の方に皆さんでどうぞって頂いたんですけど」
 スズメ先生が菓子箱を抱えて職員室に現れた。箱の中には色とりどりの和菓子が詰まっている。
「わあ、きれいですね」
と若いくのいちクラスの教員が声を上げた。
「好きなのどうぞ」
 スズメ先生がみんなを集めてお茶を煎れてくれた。
 イルカも他の教員達と一緒に茶と和菓子の箱ののったテーブルを囲む。大福や草餅、練切、くず餅、色んな種類が揃っている。
「スズメ先生が頂いてきたんですから、先に選んでください」
「いえ、私は後で」
「じゃあ、ミドリ先生は?」
「私は残ったのでいいです。全部好きですから」
 じゃあ、先生、どうぞ、どうぞ、どうぞ、みんなが譲り合ってなかなか決まらない。が、自然と年配の教師から選んでいく流れになる。
 イルカは教師の中では若い方だったから残った和菓子の三つのうちからくず餅を選んだ。





   上忍式VS中忍式


 終業後にイルカの家に立ち寄ったカカシは白い小さな箱を携えていた。
 箱を開いて、はい、とイルカの前に差し出す。中にはケーキが二つ、白いチーズケーキと茶色のチョコレートケーキが並んでいた。
「紅が任務先で貰ったそうなんですよ」
 今日の八班の任務は店番だったらしいですよ、と元生徒達の話をするとイルカが喜ぶことを知っている上忍は紅から聞かされた子供達の様子を話して聞かせた。
 思った通り、イルカは下忍達が小さな手でケーキを切り分けせっせと箱詰めしている姿でも想像しているのか楽しげに話を聞いている。
 「ケーキにはやっぱり紅茶ですかね?」と言いながら薬缶に水を汲んで沸かしながらカカシが待っているテーブルへやってきて箱のケーキを覗き込む。
 イルカは二つのケーキを見比べてちょっと考えた。別にどちらも嫌いではない。ただ、チョコレートケーキにのっているココナッツがちょっとイヤかなあ、と思った。
「俺はこっちがいいんですけど、イルカ先生はどっちがいいですか?」
 カカシがレアチーズケーキを指差して言った。
 二つしかないのに先に指定されたら自動的にイルカはチョコレートケーキしか選べないではないか。ちょっとムッとした。
「俺はどっちでもいいですよ」
 でも貰ってきたのはカカシだし、くれるという物に文句をつけるのはよくない。だからイルカはそう答えた。
「どっちがいいかって訊いてるのに、どっちでもいいなんて答えがありますか」
 だがカカシはその答えが気に入らなかったようだ。
「本当にどっちでもいいんですよ」
「本当にどっちでもいいんなら、俺がレアチーズがいいって言った段階で、じゃあチョコレートケーキがいいですって言うでしょう。そう言わないって事はチョコレートケーキを選ぶことに何らかの抵抗があるって事じゃないですか」
 そこまで分かってるならレアチーズを譲ってくれても良さそうなものじゃないか?
「いいんです!俺はチョコレートケーキを食べます」
「そんなふてくされた顔で食べて欲しくなんかないです。折角、貰ってきたのに」
 カカシの言葉にイルカはハッとした。そうだ、カカシはわざわざイルカのために貰ってきてくれたのだ。なのにこんな態度は良くない。
「俺、チョコレートケーキは好きなんです。だからこちらを頂きます」
 トゲトゲし始めた空気を追い払うようにイルカは言った。にっこりと、受付で大人気の笑顔もつけて。
 カカシがすっと目蓋を落とし半眼になった。
 まずった、とイルカは思った。カカシがああいう顔をする時はまずい。
 冷や汗を浮かべて動向を伺うイルカの前で、カカシは立ち上がりコンロの前まで行くとカチンとレバーを回して火を止めた。
「今日のあなた、可愛くないから俺が可愛くしてあげます」
 ね?と振り返ったカカシが微笑んだ。
 イルカはぶるぶると首を横に振ることしか出来なかった。



 散々いいようにされて、自分でも触れないような場所に触れられて、そのくせ意地の悪い手は決定的な刺激をくれない。握り込まれて塞がれた快楽の通り道を解放して欲しくてイルカはカカシの手に爪を立てる。
「ね、何が欲しいの?」
 いつもは眠たげなくせにこんな時だけ爛と輝く青い目に覗き込まれてイルカは必死で回らない舌で言葉を紡ぐ。
「…カカ、シさん」
「どっちのケーキがいいの?」
 こんな時に、ケーキなんかどうでもいいだろう!泣きそうになりながらイルカは「どちらでもいい」と答える。
「嘘つき。ちゃんと欲しい物を欲しいって言いなさいよ」
 イルカはイヤイヤするみたいに首を振って、カカシに腰を擦りつけて強請った。
「ほんと…どっちでもいい。−−−ただ、」
「ただ?」
「ココナッツがいやかなあ…って」
 ぐすんと鼻を鳴らしてイルカは子供みたいに言った。
「カカシさん、カカシ、さん」
 譫言のように繰り返しながらカカシの首に縋りついてくる。
 すっかり可愛くなったイルカにカカシはゆっくり身を沈めた。



 横になったまま、すんすんとイルカが鼻を鳴らしている。寂しがって鳴いている子犬のようだ。
 ちょっとやりすぎたかなあ、と反省しながらカカシは犬同士が慰め合うようにイルカの鼻先や肩口に自分の鼻先を擦りつけ舐めてやる。
 ふと、視界の端に机の上に置きっぱなしのケーキの箱が見えた。
 カカシは立ち上がり、箱の中からレアチーズを掴みだした。柔らかい生地に指を突っ込み、クリーム状のチーズを掬い上げる。
 はい、と口元に差し出すとイルカは素直に指ごと口に含んだ。まだ少し頭が飛んでいるようだ。くふん、と鼻を鳴らして
「おいしい」
 舌っ足らずに呟いてとろけそうな笑顔を浮かべた。
 あんまり美味しそうだったので、カカシは自分の指ごとイルカの口にかぶりついて中のクリームとイルカを味わった。
 甘い物は苦手だけれど、これは特別。
 欲しい物は欲しい、美味しい物は更に美味しく。
 それが上忍の流儀だ。

ビバ、上忍!