「直接来ちゃいました」
任務用の装備も解かずにイルカの家の玄関先に立ったカカシは、にへらと笑った。
二ヶ月ぶりの再会だった。イルカはその男の笑顔から全身を眺め回した。
国外での長期任務を終えた彼がそろそろ帰ってくる頃だとは思っていたが、突然の来訪で驚いた。しかし、同時に無事な姿を見て、体の芯からへなへなと力の抜けるような安堵感も味わった。
「ただいま、イルカ先生」
カカシがいつもの飄々とした声で言う。イルカは、ほう、と息を吐いて笑った。
「おかえりなさい、カカシさん」
そう言って埃だらけで垢じみた体をイルカは抱きしめた。
カカシを招き入れて、そわそわと部屋の中を片づける。座布団を出し、茶を沸かそうと台所へ立つと「そんなのいいです」と、カカシが追ってきて戸棚のコップを手に取ると水道から水を一杯汲んで飲み干した。
「イルカ先生、来て」
手を引かれて茶の間に引っ張り込まれて座らされる。カカシは正座したイルカの膝に頭をのせて畳に転がった。
「はー、恋しかったですよ」
そう言ってイルカの腰に腕を回して頭を腹に擦りつけてくる。イルカはそっとカカシの髪を梳いた。
この二ヶ月、イルカもカカシを想っていた。
単に心配なのではなく、そう、恋しかった。
無事を確かめるだけでなく、会いたかった。抱きしめたかった。声を聞きたかった。
膝の上のカカシの体温がじわじわイルカの恋情を掻き立てた。イルカもカカシの頭に手を回して抱きしめた。
カカシさん。カカシさん。と心の中で唱えると思わず涙ぐみそうになる。
こんな気持ちはこれまで知らなかった。亡くした者を悼む涙や、嬉しい時の涙とは違う。
好きだと思うだけで涙ぐみそうになるなんて。
イルカは手の中の銀色の髪をぐしゃぐしゃにして、温かい人の体温に額をくっつけた。
恋しさを胸に満たし、カカシの髪に顔を埋めてカカシの匂いを嗅いでいて、イルカはふと、自分の異変に気がついた。まったく意外だ。そんなはずはない。
体の芯が、まさにカカシが頭をのせているその箇所が熱を帯び始めているのだ。
そんな馬鹿な。自分が今、感じているのはそんな不埒な感情ではなくて、もっと精神的な…イルカは慌てて腰に集まりだした熱を追い散らそうとする。その意に反してイルカのそれはどんどん熱くなり硬度を持ち始めた。
カカシの髪や肩から匂う彼の匂いがその感覚を喚起する。
カカシに気がつかれてしまうのではないかと気が気ではなくてカカシを腰から放そうとするのだが、カカシは頑是無い子供のように首を振って「もうちょっと」と拒絶する。
「やっと帰ってきたんだから」と尚々、頭をイルカに擦りつけてくる。
イルカの背やこめかみがかーっと熱くなり汗が噴き出した。
もう誤魔化せないくらいにそれが育ってしまった頃に、ようやくカカシは頬に当たるそれを不審に感じたようだ。
「イルカ先生、あの…」
見上げたイルカの顔は真っ赤だった。
カカシはしばらく、ぽかんとそんなイルカの顔を見上げていた。
「あの…、俺、今くたくたのヨレヨレで…」
「わ、わかってます!わかってますから!」
申し訳なさそうに言ったカカシに、イルカはひどく狼狽えてカカシから身をもぎ放した。
正座したまま背を丸めて真っ赤な顔で項垂れる。そんなイルカを眺めながら、カカシは次第に嬉しさが込み上げてくるのを感じた。好きな人が、自分に欲情している。何の誘いも掛けていないのに。
いつもは自分からイルカにアプローチして、恥ずかしがるイルカを半ば強引に行為に引き摺り込むのに。
自然と緩んでくる頬に、イルカはなおなお居心地が悪そうに身を縮める。
「ちょっと、トイレ…」
「え、待って!待って!」
立ち上がろうとしたイルカの腕に取りすがって、カカシはイルカを引き留めた。
「何しに行くんですか!?」
言わずもがなな問いにイルカは頬を赤くしながらそっぽを向いて答えた。
「お花を摘みに行くんです」
「女学生か!」
もー、察して下さいよ!!とイルカは赤い顔で自由な方の手を振った。
「俺がいるのに一人でするつもりですか!?」
「だって、カカシさん、疲れているんでしょう」
「疲れてるけど、」
カカシに放すまいと腰にしがみつかれて尚々、イルカは前屈みになる。
「ちょっと、ほんとに勘弁して下さい」
カカシに触られるとそれだけで熱が上がってしまう。
「ここでして」
「は?」
「俺も手伝ってあげるから」
は?
問い返す言葉もなく開いたイルカの口が、意味を理解して更に大きく開いて息を呑んだ。
カカシは這いずって−−−本当に疲れているらしい−−−イルカの後ろに回ると、開いた脚の間にイルカを抱き込んだ。立てた膝でイルカを囲って、後ろから回した腕を腹の上でしっかりと組む。イルカの肩に尖った顎を載せて、頬をすり寄せると、耳元で囁いた。
「見ててあげるから、自分でして?」
いやだ、いやだと暴れて、逃れようとした体は股間を掴まれて他愛なく崩れ落ちる。
衣服の上から、カカシの長い指がイルカの形をなぞると腰がとろけるように痺れた。たったこれだけの接触なのに、二ヶ月の禁欲と寂しさに耐えた体には、濃厚な蜜を垂らされたように感じられた。
「ここ、自分で触って。俺も手伝ってあげるから」
耳元に唆す声が吹き込まれて、背中から恋しい男の胸の中に包まれる。いつもは殆ど臭いを感じさせない男なのに、長旅を終えたばかりの彼からは性行為の最中にしか嗅いだ事のない雄の体臭がする。
他の男だったらこんな風には感じない。嫌悪感さえ感じるかもしれない。けれど、カカシの体臭はイルカには陶酔するような刺激を与えた。これがフェロモンというものなのだろうか。
「ね、手、かして」
カカシが甘ったるい声で囁きながら、イルカの右手を股間へ導く。
「い、やだ」
首を横に振りながらも、おずおずとイルカの右手は股間に伸びた。カカシの掌がイルカの手の甲を包むようにしてペニスを握らされる。
「はあ…ぁ」
イルカの唇から吐息が漏れた。
ちゅっとカカシが頬に口づけを落とした。
「俺はこっちを触ってあげるね」
黒い支給服の下に忍び込んだ手が裾を捲り上げた。左手でイルカの上半身を露出させると、カカシは右手を、イルカの滑らかな腹筋に滑らせた。脇腹を撫でて、肋骨の上を辿り、見せつけるようにゆっくりと肌の上を這い上ってくる。知らず、イルカの目はその手の動きを追ってしまう。まるで期待しているように息を詰めている事にイルカは気がつかない。
じりじりとカカシの白い手が胸の小さな突起に辿り着く。人差し指の側面が乳輪と乳首のを下からきつく擦った。きゅっと引き絞られる感覚がして、イルカの視線の先で小さな乳首はしこって勃ちあがった。
「可愛いね、ここ。ちゃんと反応してる」
なにが、なにが、「可愛いね」、だ。
こんな時ばっかり猫撫で声を出しやがって。
なんだか悔しくなって、イルカは肩越しにカカシを睨みつけた。
「ん?」
すぐ間近に、覆面を引き下ろしたカカシの素顔があって、イルカはどきりとした。砂埃で煤けた髪と、草臥れた目元、硬質な印象を与える鼻筋と顎の線、鈍色の目が嬉しそうに微笑んでイルカを見返した。
「あ、」
無意識にイルカは自分の股間を握りしめた。くちり、とズボンの中で湿った音がした。息が上がる。カカシの顔を見つめながら、イルカの手は自らを扱くように動いてしまう。
「あ、ん」
乳首をつまみ上げられて子犬のような声が出た。
「やーらし。俺の事、視姦してるの?」
「ちが…」
ふるふると首を振るけれど、目はカカシの顔を離れない。はしたない手の動きを堪えようとすると、腰がもじもじと揺れてしまう。
だって、ずっと欲しかった男だ。
この二ヶ月の間、何度も思い描いて自らを慰めた顔だ。
たまらなくなって、身を捩って噛みつくように唇を重ねた。
「あィッ…」
カカシの指が胸の突起を捻りあげた。じゃれついた犬を叱るように痛みを与えられてイルカの目に涙が滲む。
「がっつかないで。今はダメだよ」
カカシが困った顔で言う。そんな顔をされるとなんだか寂しくなってしまう。表情に出ていたのか宥めるように唇を舐められる。舌を差し出されてイルカは素直に口を開いた。滑った舌が歯列をなぞる。イルカの頑丈な白い歯の形を確かめるように口内を検分される。
「ほら、自分でやって」
カカシの声に励まされて、イルカはカカシの胸に深く凭れると、再び手を動かし始めた。すぐに布の上からの刺激では物足りなくなってくる。それを見計らったようにカカシの右手が降りてきて、ズボンのボタンを外し、ファスナーを引き下ろした。誘導されるようにイルカは下着の中に手を入れた。うっ…と低く声が漏れる。下着の中はもうぐちゃぐちゃで先走りの汁が丸い先端に濡らし続けている。カカシの手が下着の縁に掛り、つるんと性器を露出させた。敏感な場所を冷えた外気に晒されてイルカの体に震えが走る。肩口からのぞき込んだカカシが、ほう、と吐息を漏らして、指の腹でそっと先端を撫でた。ビクンッと大袈裟に体が揺れた。
「あ、あ、あ、」
カカシの指が先端を擦るのに合わせて、自分でも竿の部分を扱いた。目の前の光景に耐えられなくて、首を捻ってカカシの首筋に顔を埋めた。目を閉じて耳の後ろの髪に鼻先を突っ込んでカカシの匂いを吸い込む。視界を閉じても、カカシがじっと自分の性器とそれを自ら扱く様を見ているの
が分かって、恥ずかしさで頭の中が焼き切れそうだ。
今更、止める事は出来そうにない。早く終わらせてしまいたい。
ズボンのウェストに力がかかって、ずるりと下着ごと引き下ろされた。脱がすのを手伝うように腰を浮かせると、脚の間に手が入り込んできた。
「ちょ…!」
目を見開いて見下ろすと、カカシの手が性器の後ろへ回り込んで、奥まった場所に指先が押し当てられる。
「そこは…!」
そんな所はいい!いらない!
「イルカ先生…」
はあ、と熱っぽくカカシが呼ぶ。緊張した体に人差し指が突き立てられる。
「やっ…」
拒絶の言葉を吐く前に、ぬるりと指先が襞を掻き分けた。先走りの汁に濡れた指先はぬくぬくと第一関節まで入ってしまう。生理的な反応で内壁が排泄しようと蠢く。
腰を浮かせた姿勢のまま、身動き出来ない。異物感と、力を抜いたら漏らしてしまいそうな排泄感で体が強張る。
「イルカ先生、すごいやらしい恰好」
股間に潜り込んでいるのとは別の方の掌が、突き出すような恰好になった性器をぬるりと撫でた。無造作な動きになぜか煽られる。ひくりと脇腹が引きつって、腰から力が抜ける。カカシの腕が腰を抱いて、膝の上に脚を開いて座らされた。ちゅっちゅっと首筋を吸われながら、体の中心に突き立てられた指が奥へ進んでゆく。
「ふぁ…」と泣きそうな声が漏れる。自分の体なのに、自分の自由にならないのが少し怖い。おろおろと視線を視線が彷徨う。
「イルカ先生、可愛い」
指一本でイルカを追いつめる男が愛おしそうに囁く。
腰のポーチから引っ張り出した軟膏を塗りつけられて、中に挿れた指が増やされる。ぐちゅぐちゅと音を立てるのは軟膏なのか、イルカが零した体液なのか。
「ほら、見て、先っぽひくひくしてる。触ってあげないと」
唆されるまま見下ろすと、股間のものが物欲しそうに天を仰いで蜜を零している。見たくないのに目が離せない。
「ああ、挿れたいなあ」
カカシの言葉に反応して、中が指を食い締めた。
カカシは笑って、指を性器のようにゆっくりと抜き差しする。内側から前立腺を刺激されてたまらずイルカは身を捩り、再び自らを握った。熱に浮かされたように扱きあげるとどんどん腰の奥から迫り上がってくるものがある。
知っている感覚。熱が上がる。
「気持ちいい?」
「ん…いい…」
全身で受け止められていることに安心してイルカは小さく頷いた。
乳首を擦られ、指で後口を犯されて、イルカは身悶えながら絶頂へ押し上げられた。
「あああ…っ」
抑えきれない声が漏れる。カカシの手がイルカの性器を包んで、白濁を受け止めてくれた。へなりと体の力が抜ける。
やってしまった…。
顔から火が出そうだ。顔を覆ってしまいたいのに、両手ともべとべとだ。なんで、こんな事に…と発端を思い返せば間違いなく自分のせいで、堪え性のない自分の体に嫌気が差した。
救いは、イルカを抱いている男が呆れる様子もなく、ごろごろと喉を鳴らしそうな勢いでイルカの頬に頬を擦りつけている事だ。羞恥のあまりに滲みそうになる涙を飲み込んで、イルカはくるりと反転してカカシの胸に顔を埋めた。
頭の上で、くすりと笑う声がして、カカシは身を反らして部屋の隅に置いてあるボックスからティッシュを引き抜いて手を拭った。イルカの精液にまみれた手だ。それを思うとまた熱が上がりそうだ。
「イルカせーんせ」
くすくすと笑いながらカカシはイルカを抱きしめると、イルカの髪から結い紐を抜き取った。
ぱらりとイルカの髪が解けて肩に落ちる。
え?
カカシの腕に力がこもって、ころりとイルカは床に転がされた。
「え?」
「二ヶ月分だもん、まだまだ足りないよね。俺が責任持って処理しますから」
にこりと笑った顔には邪気がなく、その分なんだか怖かった。
イルカはカカシの顔に弱い。
切れの長い眼に尖った顎、通った鼻筋、目の下の皺も色気がある。左眼の上を縦に走る傷も過去のある男の悲哀を感じさせて、同じスカーフェイスでも無骨な印象のイルカとはまるで違って見える。ちょっと珍しいくらいの男前だとイルカは思っている。
その男前がニマニマと脂下がって、イルカを見下ろしている。
イルカは裸に剥かれて、仰向けに床に転がされ、射精の余韻も去らない体を好き勝手に弄り回されている。擦られすぎて赤くなった胸の飾りを尚もしつこくこね回されて痛みを感じるほどだ。
なのに、イルカの性器はぴんと反り返って、だらしなく汁を零し続けている。後口にはカカシの指を銜え込まされて、敏感なしこりを指先が掠めるたびにビクビクと体が勝手に痙攣する。
気まぐれに胸から降りてきたカカシの手が、人差し指と親指の先でイルカの性器の先端を摘んで擦る。直接的な刺激がもっと欲しくて、イルカは腰を突き出してカカシの手に自らのものを擦りつける。
足下にまとわりついて喉を擦りつける猫を構うように、カカシはイルカのあちこちを撫でてくれるけれどそれだけでは達しきれない。どんどん身の内にたまってくる熱にイルカは身悶えて鳴き声を上げる。
いつもは同じように焦れて切羽詰まって抱き合うのに、今日はカカシだけが冷静でイルカだけが熱を上げている。弄られて、まさぐられて、感じ入る様を観察されている。カカシの指先一つで思い通りになる玩具になってしまったみたいで切ないのに、なんだかそれがたまらない。
自分はこんな人間だっただろうかと、考える傍から思考が溶けてしまう。
「本当だね。可愛いものは食べてしまうか、犯すしかないんだね」
うっとりとカカシが言う。疲れ果てて役に立たない自分が歯がゆいというように。
イルカはカカシの首に齧り付いて、後口でカカシの指を味わいながら、カカシの腹に性器を擦りつけて達した。
「起きたら…いっぱいしてあげるね」
その辺りが限界だったらしく、カカシはそんな事をもぐもぐと言いながら寝入ってしまった。
後始末もしないままで、衣服はイルカの体液に汚れたままだ。床に寝そべる男の腕の中で、イルカは一人、赤面した。
一方的にイルカがいかされただけなのでいつもより処理は簡単だが、カカシを着替えさせてベッドに運ばなければいけない。眠る男の目の下に隈を見つけて、本当に疲れていたんだなと思う。
なのに、自分に対して欲情したイルカに、そのご褒美とばかりに甘やかしてくれた。
ああ、そうだ。メタメタに甘やかされたのだ。
一人でひたすらカカシの帰りを待っていた二ヶ月間を埋め合わせるように。
「まずいなあ…」
イルカは一人、呟いた。
俺は、この人が好きすぎる。
眠る男の胸元に擦り寄って、イルカは切ない吐息を一つ零した。