警戒混ぜ御飯
イルカは混ぜご飯が嫌いだ。
好き嫌いのないイルカにとっては珍しい事だ。
なにが嫌いって。
混ざってるから。
別々に食べればいいじゃないかと思う。
なんでわざわざ混ぜるんだ。
ご飯は白飯にかぎる!
真っ白で、ほかほかつやつやと湯気を上げる白い飯。
それだけで充分。
何かを混ぜ込んで食べるなんて、米の旨さの分からない奴のすることだ。
「イルカ先生と一つになりたいなあ」
体の上にべったりとのかって、パジャマをはだけたイルカの胸を嘗め回しながらカカシが呟くのを、イルカは顔を背けて必死で聞こえない振りをする。
最近、カカシはイルカの家に入り浸りだ。
任務が終わるとその足でイルカの家を訪ねてくる。疲れていなければ、なんとなくお互いを触り合ったり、抱き合ったりする。エスカレートすれば、互いが射精するまでの行為をする。
それが日常になりつつある。
自来也様の情報に寄れば、暁にも音の里にも暫くは大きな動きはないようだ。
その間にナルトは少しでも強くなるのだと、修行の旅に出てしまった。
ナルトと同期の子供達も、それぞれ中忍になって今は立派に里のために働いている。
カカシは自分の指導していた部下達をそれよりも早くに手放していた。
ナルトも、サクラも、サスケも--------その事が、カカシの中の何かを突き崩してしまったようだった。
カカシは一見、胡散臭い。顔の大半を隠し、いつも十八禁本を読んでいる。遅刻もひどい。
おまえらになんか、興味ないよ、近づかないでね、と全身で言っているみたいだ。
だけど、時折、垣間見える彼の愛情深さと細やかさにイルカは驚かされる。
イルカのように大雑把で開けっぴろげでないだけで、この人はちゃんと人を愛せる人だ。
その上で、一人で在る事を選び続けてきたような人だ。
もしかしたら自分で選んだのではなくて、そう強いられてきたのかも知れない。
触れたらびりっと痺れるような、そんな孤絶感がこの人にはある。
この人の部下として指導してもらえた事が、どんなに幸運だったか、ナルト達は分かっているだろうか。
おそらく、同期の九人の中では彼ら三人が最も伸びた。急激な成長と言っていい。
強くなって、突然、世界が見えるようになって、手にした力に自身の心が追いつかないままカカシの許を飛び立っていってしまった。
皮肉なものだと思う。
イルカはそっと自分の胸に顔を埋めている男の銀の髪に手を伸ばした。好き勝手に飛び跳ねている髪を梳いてやる。
あんなに大事にしていたのにな。
自分が授けた力によって、自分の許を去られてしまうなんて。
この人こそ、自分の能力に振り回されているようにも見える。
わさりと銀髪を揺らしてカカシが顔を上げた。切れの長い眼は意外に大きい。灰色がかった黒い目。時折、虹彩が光を受けて青く透ける。イルカには写輪眼より、この眼の方が貴重に思える。
「どうして、そんな優しい顔するの?」
優しくしたいから。
イルカは黙って微笑んだ。
「ああ、もう!」
カカシはぎゅっとイルカに抱きついた。
好き、と耳元に落とされる。イルカもぎゅっとカカシを抱きしめ返した。頭をがっしり掴んで口づけてやる。背中を掌で辿って、カカシの気持ちいい所を探す。体中撫でさすって煽ってやる。お互いの股間は衣服越しに擦れ合って、すでに熱くなっている。
カカシがイルカの尻を両手で掴んだ。足の間にぐいぐいと硬い物を押しつけられて、イルカは思わず体を強張らせた。
「イルカ先生に入れたい」
熱っぽくカカシが囁く。
「混ざり合ってぐしゃぐしゃになりたい」
ここで交わるんだと分からせるように、カカシの熱が狭間に押しつけられる。
「ん…」
イルカは逃げるように身を捩った。
なんで?とカカシが不思議そうに訊く。
「他の事はなんでも許してくれるのに、どうしてここだけはダメなの?」
イルカの尻を掴んでいる指がシーツとの間に潜り込んで、割れ目に辿り着く。パジャマの上から指がそこを強くなぞる。本来、他人に触れられるはずのない所への刺激にイルカは眉を顰めた。
「そんなことしなくたって…、いくらでも…」
気持ちよくなれる方法はある。男同士でわざわざそんな事をしなくたっていいじゃないか。
「カカシさんこそ、なんでそんなに拘るんですか…?」
イルカと肌を合わせるようになった最初からカカシはイルカに挿入したがっていた。当然のように抱く側のつもりでいるカカシが、イルカは面白くない。
俺の方が、カカシさんを抱いてるんだ。こんなにしっかり腕を巻き付けて、全身で好きだって言ってる。それだけで充分ではないのか。
だって、とカカシは子供みたいな口をきく。イルカより年上のくせに、そんな口調に違和感がない。不思議な人なのだ。
「全部欲しいんです。あなただけいつも余裕で、俺の方はぎりぎりなのに」
俺を受け入れて、俺で気持ちよくなって、俺でイッて?
カカシが恐ろしい事を言う。
そんなの、全部持っていかれてしまうのと同じだ。
なんでもしてあげたい。
でも、それは二人が別々の人間として立っている事が前提だ。
ちゃんと境界があって、お互いが手を伸ばし合って、想い合って幸せになっていられればいい。
ばりばりと境界を食い破って、相手側に侵入するなんて反則だ。
イルカは人とそんなつき合い方をした事がない。
してあげるのはいい。いくらでも。
でも、されるのは怖い。
ふわっと胸中に浮かび上がってきた不安に、イルカは臓腑を冷たく掴まれた。
おぼろげにイルカは自分の中の歪みを認識する。
カカシと関わるようになってから、それを感じるようになった。
カカシはイルカの抱え込んでいる独りよがりな静かな世界の壁をがりがりと引っ掻く。そこからイルカを引き摺り出そうとする。
ナルト達がいなくなってから、それは激しくなったような気がする。
半ば自棄にでもなっているように。自分の内の空虚をイルカで埋めようとでもしているようだ。それに巻き込まれてしまったら、イルカはどうなってしまうだろう。
「ごめんなさい。そんな困った顔しないで」
ぎゅうっと眉間に皺を寄せたイルカに、慌てたようにカカシは体の下に潜り込んでいた手を抜きだした。
「無理な事はしないから。気持ちよくなりましょう」
宥めるように言って、柔らかく口づけを落としてくる。
カカシは優しい。穏やかな男だ。
飼い慣らされた美しい猟犬のようだ。
彼が牙を剥き、凄惨な光を目に宿し獲物を狩る時があるのをイルカは知っている。
イルカは目を閉じて口づけを受けながら泣きたくなる。
巻き込まれてぐしゃぐしゃになって、骨まで噛み砕かれる自分を想像する。ぞっと背筋に鳥肌が立つ。だけど、どこかでそれを待ち望んでいるような気もするのだ。
そんな自分に、また不安になる。
両親を亡くしてから、なんでも一人でやってきた。誰も頼らず、平凡でも後ろ指指されるようなことは決してしないように気をつけて生きてきた。
男同士でこんな事をしているという事実だけで、充分、倒錯的だというのに、女のように扱われる事を受け入れてしまったら、今まで自分が守ってきた自分自身という砦まで崩れ去ってしまう気がした。
だけど、カカシ言うように、混じり合って一つになって、すべてをたいらげられて、それはどんな気持ちだろう。
こんなに、触れられるだけで愛おしくて息ができないような気持ちになる人と。
慈しみたいという気持ちは色んなものに対してある。だけど、こんな恐れに似た陶酔感は、イルカは知らなかった。
ひたひたと体の奥底から湧き上がってくる潮のような愉悦だ。
ゆっくりとカカシがイルカの肌に口づけながら頭を下ろしていく。脇腹の、肋の際に歯を立てられて「うんっ…」とイルカは呻いた。
いずれ自分は許してしまうのだろう。
男である矜持も、守ってきた小さな世界も投げ出して、この男に体を開くだろう。
怖いのはこの男の存在だろうか。それとも自分の中に生まれてしまったこんな想いだろうか。
自らの内から溢れだした潮に溺れそうになって、イルカは震える息を吐いた。
混ざり合ったら、もう自分は自分じゃない。
色も味も匂いも変わってしまう。
イルカは混ぜご飯が嫌いだ。