「中忍レトルト」
乾物屋の店先でイルカは金色の缶詰を手にとって眺めていた。
最高級の猫缶、通称・金缶。
イルカの胸に一つの疑念がこびりついている。
カカシの家のテーブルの上に積んであった猫缶。
あの時、ぽぅっと頬を赤らめて視線を逸らしたカカシの珍しい様子が妙に可愛らしかったため追求せずにすませてしまったが、あの猫缶の山は一体何だったのだろう。
カカシの部屋に猫の気配はなかった。匂いも爪を研いだ跡も、毛の一本さえ落ちていなかった。カカシが忍犬を飼っているという話ならナルトから聞いていた。犬使いが猫を飼うだろうか?
またもや、ある疑念が頭を掠める。
もしかして、あの人----------
上忍は変人揃いである。
毎年、下忍候補の子供たちを預けているからイルカはそれをよく知っている。忍びとしてのある一定以上の力を身につけるには、代わりに人間としての何かを失わなければならないのだろうかと思わされるほど。
犬は必要栄養素が少ないので人間がドッグフードを食べて生きていくことは出来ないと聞いた。ビタミン類が不足して失明したりするそうだ。だが、猫缶は栄養はあるらしい。見た目もドッグフードよりは美味しそうである。
ある意味、完全食。
上忍のする事だから、きっと何らかの確固とした考えに基づいているのだろう。
多分。
その日の夕飯はサボってレトルトのビーフシチューにした。
昔、といってもそう何年も昔のことではないが、任務で長く野営をする時はこれがご馳走だった。けっこう重さがあるから持って歩くのは大変だったけど、みんな装備に一つ二つ忍ばせていた。旅人を装って農家から野菜を分けて貰って水で薄く薄くのばして、一つのレトルトをみんなで分けた。
アカデミーの教師になってからは長期の任務に就くことがないからあの素晴らしく水っぽいシチューとはご無沙汰である。
イルカはレトルトでもそれなりに美味くする方法を知っている。野菜を入れる。特にトマトがあるといい。肉はレトルトにも入っているが、生肉もぶち込んで一緒に煮る。水で薄めてもコンソメのキューブを入れればそれほど不味くはない。
なんだかそんな事ばかり戦場で覚えたような気がする。
鍋を掻き回しながらイルカは一人で苦笑する。
戦場での餓えの記憶は鮮烈だ。
だからイルカは美味いものが好きだ。
里に帰ったら何を食おう。そんな事ばかり考える。待つ人がいない、そのせいだけじゃない。家族を持つ他の忍達も皆そうだった。
人間らしい物を食べると人間に戻った気持ちになるから。
あとは、パンツだ。
パンツが清潔ならそれだけで人間になった気になる。
その次がアンダーシャツか履物か、どっちだろう。
風呂に入れれば言うことはないが、顔だけだって洗えば人心地着く。
イルカの認識は単純だがきっぱりしている。
大概の者がそこから崩れる。
あの上忍…ふと、また思う。
あんな死人みたいな顔をして。彼の技はチャクラを大量に消費するらしい。
それにつけても、猫缶だ。
………以前、イルカは肉が食えなくなったことがある。
激しい戦闘であんまりたくさんの血を見て、両親が死んだ時の記憶とも重なって、自分で、この手で人を殺したことが怖くて恐ろしくて。
忍なら誰しもあることらしい。あの時は先輩中忍がホルモン焼き屋に連れていってくれた。ビールでさんざん牛の臓物を口に流し込まれて、それでなにがなんだかわやくちゃになって、気がついたら平気になっていた。
無茶苦茶な扱いを受けてたなあ、俺。
コンロの前で、イルカはちょっとだけ遠い目をする。
そうやって、無理矢理飲み込んで、嫌でもなんでも受け入れて、自分が何をしたか百万回繰り返して、それで今は平気で肉を食う。あの時、あの瞬間に相手を殺したって死にたくない。そう思ったからだ。
そんで、猫缶。
あれは、それとは違うような気がする。
死や血生臭い記憶に結びつくものを拒否するのではなくて、寧ろ貪り喰らったような顔つきをしていた。
本来、猫は純粋な肉食だという。
猫になりたかったんだろうか。
あの人。