その日の授業は野外演習だった。
 入学したてで行われるその授業は演習といってもまだ実戦を想定した物々しいものではなく、五人ほどの斑に分けられた生徒達が決められた道筋を辿りながら授業で教えられた地形の見方や、方角の判断、水の探し方などを実践していく一種のオリエンテーリングだ。演習場はフェンスで囲まれており危険な動植物もいない森の中で行われる。
 午後の柔らかい日差しが木の間から差し込む小道を巻物に記された地図に従って生徒達は進んでいく。
「せんせい!せんせい!」
 クラスの中でもはしっこい子供が最後尾からのんびり歩いていた自分に駆けてくると飛びついてきた。
「お、ちゃんと泉を見つけられたな」
 子供の濡れた腕を取って顔を覗き込むと男の子は嬉しそうに笑う。
「先生、これあげる!」
 子供は満面の笑顔で片手にのせたイモリを差し出した。黒い背に鮮やかなオレンジ色の腹の両生生物は子供に掴まれてくねくねと体を捩っている。
「イモリか。非常食にするかな」
 イルカの言葉に周囲にいた子供達が、えー!と顔を顰めた。
「なんだ、お前達食べたことないのか?」
 イモリの尻尾を摘みあげて目の前にぶら下げてイルカは泉へ通じる道々、纏わりついてくる子供達にイモリを乾燥させたり黒焼きにする方法を説明する。
「今度、授業で兵糧丸作りもやるからな」
 食べちゃうの?せんせい、食べちゃうの?ぞろぞろついて歩く子供達が口々に尋ねるのに笑って、イルカは辿り着いた泉にぽちゃんとイモリを投げ入れた。
「今日は逃がしてやろう。みんなお弁当持ってきてるもんな」
 水の中をゆらゆらと黒い影は泳いで消えた。
 泉の端で生徒達は弁当の包みを開いた。
 イルカは班ごとに固まって昼を食べる子供らの間を歩いてクラス全員が揃っている事を確認して回った。
 一人足りない。
 見回すと、班員から離れて一人ぽつりと泉の縁の岩の上に座っている子供を見つけた。
 あの子供だ。
 同じ班の子供達は最初からその子供なんかいないみたいな顔で楽しそうに弁当を食っている。
 注意しなくては。
 班員全員で協力し合い、課題を達成するための演習だ。
 ただ、一瞬、声を掛けるのを躊躇った。その一瞬の自分が酷く嫌だ。
 一人ぽつんと泉を眺めている子供の姿と、あの子供を嫌悪する子供達、大人達の姿と、自分の中の憎しみや苛立ちだの、色んなものがごっちゃになるこの瞬間がイルカはひどく嫌だ。
 それらの感情をばっさりと切り捨てて、イルカは子供の背後に立った。
「どうして班の子達と一緒に食べないんだ?」
 思った以上に平坦で無表情な声が出た。
 子供は振返らない。岩に腰掛けたままぶらぶらと足を揺らしている。
 イルカは溜息をついて子供の横にしゃがみこんだ。
「今日一日は班で行動する事って言っただろう。班員で協力し合わなきゃ演習の意味がないんだぞ。ほら、一緒に行こう」
 子供の肩に手を置いた途端、ぎくりと子供の体が強張った。イルカも驚いて手を引いてしまう。
 子供は唇を噛み締めて水面を睨みつけている。
「おいで」
 イルカはその腕をとって子供を立たせると、同じ班の子供達のもとへと連れて行った。
 子供達はイルカに連れられた子供を見ると皆、むっつりと黙り込んだ。露骨に顔をしかめるものもいる。子供はイルカに腕をとられたまま地面を睨みつけている。
「こら、班は一緒に行動するようにと言ったはずだぞ。どうして揃って食事しないんだ。実際の任務でも小隊の隊員が勝手な行動をとることは命取りになる。この間、授業で教えたはずだよな」
 班員全員を叱る声が自分でも空々しい。問題はそんなところにはないと分かっている。
 この子供でさえなければきっと他の子供達だって喧嘩したり小突きあったりしながらも、ちゃんと班行動をとるはずだ。他の班の子供達と同じように。
「午後からも班行動だからな。ちゃんと皆で課題に取り組むんだぞ」
 はあい、拗ねたように子供達は返事をした。
 子供達を座らせて食事の続きを摂るよう促しイルカが背を向けると、小さな声で「おまえのせいで叱られたじゃんかよ」と毒づく声が聞こえた。


 昼食を終えると時間通りにイルカは子供達を出発させた。
 金色の頭がちゃんと子供達の群れに混じっているのを確認して溜息をつく。
 あの子供に触れた手をぎゅっと握り締めてみる。小さなか細い肩だった。怯えた小動物のように体を硬くしていた。
 ふと、人に触れられるのに慣れていないのかもしれないと思った。
 あの子供は特に忍として目立った特性があったわけでもないのに、通例よりも二年ほど早くアカデミーに入学させられた。アカデミーに入学すると、将来は忍となって木の葉の里に貢献する人材と考えられて身寄りのない子供にも住む部屋や生活費が支給される。
 それまであの子供がいた施設が九尾の器の世話をみるのを嫌がって、就学可能な年齢になると早々にアカデミーに入学させたという話だった。
 再びイルカは溜息をついた。
 班員で協力し合って、なんて教師である自分すらあの子を受け入れていないのによく言えたものだと思う。
 分からないのだ。あの子供に他の子供達を近づけてもいいものかどうか。危険はないのか。何を言っても無反応な顔からはその心の内は推し量れない。その魂はただの子供なのか、九尾狐なのか。
 小さな肩の子供の体温。
 もう一度、イルカは手を握り締めた。





鬱々しててすみません。
早いとこラブラブ師弟にしたいッス。
そして野望はミズキ×イルカ…だったり…