「私の小さな皿で」
え、と呟いて玄関先でカカシは固まった。
今日は恋人の誕生日だ。
だからささやかながらも二人きりでお祝いしましょうと、口に出さなくてもそういうものだろうと高を括ってなんの約束もしなかったのだから文句の言いようもないのだが。
「今日はナルトと約束しちゃったんです」
目の前の恋人は困惑顔でそう告げた。
一昨年はそれほど親しい間柄ではなかった。だから誕生日を祝うなんて事もしなかった。
去年は下忍の少年少女達、何故か他の班の子供たちまで一緒でわあわあ騒いだ。
でも今年は二人は恋人同士で、下忍だった少年少女達も中忍試験を通過して立派になって手を離れていた。
だから今年は二人っきりで、そう思っていたのに。
「------あんたのナルト大事を甘く見ていました…」
「だってカカシさん、今日来るなんて言ってなかったから」
「言わなくたって、っていうかイルカ先生、全然そういう話振ってもくれないし」
二人とも心なしか呆然として玄関口で佇んでいたところ、アパートの鉄の階段をカンカンカンと元気に駆け上がってくる足音が聞こえてきた。見なくても誰だか分かる。
「あれ〜?カカシ先生どしたの?」
ひょっこり現れたナルトが自分の恩師二人をかわるがわる見つめた。
「ナルト、おまえはどうしたんだ?」
逆に尋ねたカカシにナルトは屈託なく笑った。
「今日はイルカ先生の誕生日だから一緒に飯食って映画観てお茶するんだってば」
なんだ、その思いっきり定番デートコースみたいな予定は。
「カカシ先生、一緒に行きたいのか?」
俺の顰めた面をどう取ったのかナルトが言った。
「そうですね!カカシ先生も一緒に行きましょう!」
渡りに船とばかりにイルカはその提案に飛びついた。
かくしてカカシはナルトを挟んでイルカと三人でお出かけする事になった。
なんだかなあ。
とりあえず一楽でラーメン。
二人にとってこれだけは何が何でもはずせないらしい。
ナルトの黄色い頭の向こうに恋人が鼻の頭に汗をかいてラーメンを啜っている姿が見える。
なんでナルトが真ん中なのよ。
確かに二人が知り合ったのはナルトや他の下忍の少年少女を介してだから不自然な事ではないが、だからって自分とイルカは恋人同士なのだ。鉄壁のあの人とお付き合いするためにどんなに自分が苦労した事か。
イルカが考えている事はなんとなく分かる。
ナルトはイルカにとっていつまでも手の掛かる子供で、大事な元教え子で、命がけで守った子供だ。
カカシにも同じように見守って欲しいと思っている。
だが、自分にとってのナルトは部下であり、守る対象というよりは一緒に作戦を遂行する仲間で戦友に近い。最近めきめき忍としての頭角を現してきたナルト自身も、カカシをかつてのような教え導かれる存在だとは思っていまい。
たとえ年若くとも雄は雄だ。
互いにイルカを挟んでマーキングして、この人は俺のものだと主張しあっている。ナルトにイルカに対する恋情がないにしても。
ナルトは無自覚だし、イルカはそんな事考えもしないだろう。
その辺、よく似ているのだ、この二人は。
そしてこの間抜けな状況に真っ先に耐えられなくなるのはカカシだった。
「俺はその映画、あんまり興味ないから二人で行っておいで」
ええー、と不満そうな声をあげたナルトを無視して困惑顔のイルカににっこりと笑って見せた。
「また夜、伺いますから」
それだけ言ってカカシは二人に背を向けた。
今はナルトに譲ってやろう。自分はいつだってイルカとイチャイチャできるのだから。
時間を潰そうと茶店の店先で読書に耽っていたら背中にぺたりとした感触がへばりついた。
よく見知ったチャクラが感じられたから好きにさせておいたら、それはぺたぺたと肩口まで這い登ってきた。
「カカシ殿」
「ガマ吉だっけ?」
「ガマ竜だよ」
「どうした?」
「ナルト殿が探してます。いますぐイルカ先生の所に行けって」
ガマに追尾の術なんて出来たのか?
「お団子のいい匂いがしたから」
えへへ、とガマ竜は照れくさそうに笑った。
カカシは団子を一つ取ってやった。
「懐かしいなあ。四代目もよくおやつをくれたよ」
団子を頬張りながらガマ竜は懐かしそうに言った。
「で、ナルトがなんだって?」
「ナルト殿は怒ってましたよ。今日はイルカ先生を楽しくさせてあげる日なのに逆に気を使わせてどうするんだって」
「--------」
ナルトも気づいているのだ。
ナルトを挟んでまるで親子か家族のように、そんな茶番をイルカはしたいのだ。
自分の心情もナルトの心情も年月と共に変化している。でもイルカはまだそんな風な関係に浸っていたいのだ。
「いい加減、俺一人で満足してくれないもんかねえ」
カカシはイルカだけいてくれれば満たされた気持ちになるのに。
「ま、今回はおまえさんの顔を立ててやるよ」
カカシの肩の上でガマ竜はうふふと笑った。
結局、映画を観終わった二人と合流してイルカの家で三人一緒に夕飯を食べた。途中で買ったケーキの大半を腹に収めて、満足したようにナルトは帰っていった。
後片付けをして居間に戻るとイルカはぼんやりと卓袱台の上を眺めていた。その隣に腰を下ろしてイルカの手を自分の手の上にのせて弄んだ。
ナルトがいるところではこういう事はさせてもらえないから、ようやくイチャイチャできるなと下心満載だったのだがイルカは素直にカカシの肩に寄りかかってきた。
「今日は楽しかったです」
穏やかな顔でイルカがぽつんと言った。
「ナルトもカカシさんも俺の我侭につき合ってくれて、ありがとうございました」
改まってぺこりと頭を下げられる。そんな他人行儀な言葉、吐かなくていいのに。どことなくイルカの顔は寂しそうだ。
「なんとなく、ナルトは来年からは来ないんじゃないかって気がして」
イルカの言葉にカカシは思わずその顔を覗き込んだ。
「あの子にも、俺にもだんだん他に大切なものが出来ていって、真っ先に帰ってくるのはもうお互いのところじゃなくなってる」
だから、今年で最後です。
そう言って、珍しくイルカは自分からカカシの腕にぎゅうと身を寄せてきた。カカシはその背中を強く抱きしめ返した。
「俺がいるよ。ずっと、これから先は俺がいるでしょ」
あやすように囁きながら、それでも自分に何かあった時にこの人を支えるのはあの子供なのだろうと思う。
この人の救いになるものは出来るだけたくさん掻き集めておきたいと、胸を締め付けられるように思った。
これからこの人が流すだろうすべての血と涙を受け止めるための小さな皿。
それを用意しておく事が自分がこの人のためにすべき事なのかもしれない。
今日はあなたの誕生日。
祈る事は唯一つ。
あなたに幸いあれ。