「The boy, UNFORGIVEN」
「だから想像するんだ」
「おまえと一緒にいる時も思う。
兄弟がいるってこんな感じかなあって」
そう言った奴の目には焦がれる光がじりじり燃えていて俺を高ぶらせたし、ひどく困惑させもした。
サクラの白い腕が俺の胸に回された時は、俺は望んでいたものがそこにあると思いもしたし、そこに留まるべきだとも思った。だが俺の心は揺らがなかった。
彼女の細い腕や足を眩しく思ったこともあるし、夜、一人寝床の中で彼女の顔を思い出して狼狽えたこともある。
死の森でサクラのざんばらに切られた髪を見た時は逆上した。
大切なものを痛めつけられた怒りが確かに俺の胸にはあった。
床に倒れ伏した母さんの血にまみれた青白い顔を思い出した。背中から伝わるサクラの体温には、失ったものの面影が宿っていて、俺に生ぬるい居心地の良さと居たたまれなさを感じさせた。
俺に向けられるサクラの目はいつも無邪気でなにも分かっていない目だった。だけど妙な気迫だけは籠もっていて、俺にはそれがよく分からないのだ。女だからなのかもしれない。俺の中にあるものとは異質なよく分からないもの。
サクラの腕はやんわりと解くことが出来た。柔らかくてあたたかいサクラは、俺とはかけ離れすぎていた。
だがこいつはダメだ。
こいつの真っ直ぐな眼差しの先に自分がいることを思えば浮き立つ気持ちはある。
だけど同時に自分がバラバラになってしまいそうな気持ちにもなるんだ。
そうなる前に振り切って、ズタズタに踏みにじってやらなきゃと俺のどこかが悲鳴をあげる。
こいつは苦手だ。
アカデミーの頃からそうだった。
なにひとつ満足に出来ないくせに図太くて図々しい。いつも雨の日の野良犬みたいに寂しい臭いをまき散らして、誰か自分を見てくれと叫んでいる。
どうして奴がみんなに嫌われていたのかは分からない。本来なら苛められている子供がいれば、あれこれと口出ししてくる大人がいそうなものだが、何かの仕来りのように誰一人、大人も子供も奴をいない者のように扱っていた。
生け贄にされた者のようだと思ったことがある。
本人だけがそれを分かっていない。
穢れた者が、そうとは気づかすに日常を生活する人々の中に紛れ込んで情けを乞うている。
そんな奴の姿を見るたびに俺は苛々した。
誰もおまえなんか視界に入れたくないんだ。いない事になっているのにどうして分からない。呪われているんだ。穢れているんだ。誰もおまえの傍には来たがらない。一人きりで這いずり回って地獄まで走れ。
俺がそうであるように。
見苦しく、誰か、誰かと呼ぶな。諦めろ。
俺達は一人きりなんだ。
おまえの苦しむ様が、俺の苦しむ様が、流された人々の血を贖うんだ。
そのために一人、生き残らされた。
負わされた荷を背負い、屠られるための道をしずしずと歩めばいいのだ。
今になって振り返ってみれば、確かに俺達にはある種の共感があった。
俺はとうに諦めていたのに、奴はけして諦めようとはしなかったという違いはあったが。
気がつくと奴は黒い髪の教師の許で髪をくしゃくしゃに撫でられて笑っていた。
卒業試験を終えて、まだるっこしい雛の養育所から抜け出して、奴の人恋しく惨めったらしく鼻を鳴らす様子ともおさらばだと思っていたのに、誇らしげにあの人がくれたんだという額宛をして俺の前に立っていた。
奴が青い両の目から慕わしさを滴らせて見上げるあの人も、俺は苦手だった。
落ち着けない。
アカデミーの頃からこの大人は自分をだめにする相手だ、と俺はずっと思っていた。
「やれば出来る。頑張れ」なんて言われたくないんだ。
そんなこと分かっている。
俺は出来るようになる。絶対にだ。
そんなことが苦しいんじゃない。
いつまでたっても終わりがないことが苦しいんだ。
「諦めるな」と言い、甘ったるい夢を見せようとする。
おまえも、他の子供達も変わりがない、一人一人が大切な存在だと示そうとする。そんなことに命がけになる。
俺達の行く先はもう決まっているというのに。
なんだって奴は、あんな人の言うことを真に受けて安心していられるのだろう。
ぬくぬく甘えやがってと冷めた目で見ながら、あんな人の腕の中で真っ直ぐ伸びていける奴は俺より強いのかも知れないと怯えたりもした。
いつの間に奴はこんなに俺の近くに来ていたんだろう。
俺は真っ直ぐに、奴は未練たらしくぐるぐると惑いながら、それでも結局、同じ場所へと引き出されるために歩いてゆくのだと思っていたのに。
そっちには行くなと腕を引く、こいつはいつの間にこんなに強くなったんだ。
俺達はもう一人じゃないんだと馬鹿みたいな事を言う、道を違えたのはおまえの方だ。
兄弟のようにとおまえは言うが、俺とおまえはまるで違う。
俺の兄弟はあいつだけだ。
今ならば少しだけあいつの気持ちが分かる。
これは血なのかもしれない。
狂おしく凶暴なものが俺の心にも巣くっている。
あいつほど強ければ心も痛まない。
あの日からずっと俺は考えていた。
この弱く惨めったらしい自分という人間を生存させておくべきか、否か。
あいつを殺さなければ。
それがあの時、おめおめと生き恥を晒した俺のたった一つの生きていける理由だ。
力が欲しいんだ。
見下されるのはもうたくさんなんだ。
しずしずと屠殺場へ歩を進める。
そのこと自体は今となっては苦痛ではない。
今、目の前にある、俺を責める青い目が、俺を凌駕し、俺を従わせようとする奴の目が我慢ならないだけだ。