「ひどい人焼きそば」
イルカ先生はヒドイ。
何度も繰り返されて、わけが分からないがだんだん腹が立ってきた。
「さっきからあなたの言うことを聞いていると、アカデミー教師は娼婦かなんかみたいですね」
厭味を含ませて言ったのだが、カカシは「娼婦!」と言ったきり絶句してしまった。そしてまた、ヒドイ、ヒドイ、を繰り返す。
この上忍は休日に部下の元担任の家に上がり込んで焼きそばを食いながら人の顔を見て難癖をつけている。
よほど暇なのか、友達がいないのだろうか。
「だって、イルカ先生は家に来たら誰にだってこうやって焼きそばとか食わせるんでしょう」
だったら飯時に来るなよ。
「迷惑なら帰れって、実力行使すればいいんです」
あんたに実力行使できる人間がこの里に何人いる!?
実力行使されているのは自分の方だ。
「どの生徒も同じように可愛いなんて嘘だ。俺はナルトやサスケやサクラは可愛いですけど、アスマんとこのガキなんか全然可愛くないです」
「いや、でもいのは気が強いけど面倒見がよくって優しいですし、シカマルはあの歳で独特の哲学を持っていて面白いし、チョージは自分でポッチャリ系だって言いつつ体重のこと気にしたりしてるとこなんか可愛いんですよ」
それに単純そうに見えてもどの子供も色々考えていて、それがいじらしかったり可愛かったりするんです。
「そんな事はきいてません!」
どん、と拳で机を叩かれて水の入ったコップが揺れる。
なんで、こんな天気のいい日曜日に焼きそばを食いながらこんな消化に悪い話をされてるんだろう。
イルカは窓の外に目をやる。新しい緑が陽の光にきらきらしている。
「人の話聞いてませんね!」
糾弾されてうんざりと目の前の上忍に視線を戻す。
薄々、何を責められているのか分かっている。
だがそれはイルカにもどうしようもないことなのだ。
どの生徒にも平等であらねばならない自分が、ナルトにだけは尋常でない思い入れをしている。
仕方ないじゃないか。
憎くて、可哀想で、可愛くて、今は少し眩しい。
グングン伸びてゆく若い芽。
子供達は皆、そうだ。
だが、ナルトはやっぱり特別だ。
代償行為だという意識がないわけではない。
だけど、いいじゃないか。それくらいのこと目を瞑ってほしい。追求されたってどうなるもんでもない。
それともやっぱり目障りなんだろうか。今後の指導の邪魔になると思っているのだろうか。
寂しい気持ちが、そろ、とイルカの心に忍び入る。
ナルトが卒業してからずっと感じているものだ。
やっぱり自分は教師失格なのかもしれない。
「食べないんですか?」
皿に盛った焼きそばを指差される。
「食べます」
黙々と焼きそばを食べる。
「あなた、子供のためなら本当になんでもしそうですもんね」
実際、一度死にかけてるし。ふー、と溜息をついてカカシは諦め声を出す。
でも、それは、
「あなただってそうでしょう?」
あの子達を守って立てなくなるまで戦ったんでしょう。
その事だけで、他の面がどんなに奇矯でも非常識でも胡散臭くてもイルカはカカシを尊敬している。
「それは当然のことです」
へん、とカカシは吐き捨てる。
なんでそういう反応を返すかな。でも本当に当然だと思っているらしくて、そういうカカシがイルカには好ましい。
そして少しだけ切ない。
「イルカ先生はヒドイ」
またカカシが言う。
「なんなんですか、もう」
「そうやって、そんな顔して焼きそばなんか食わしてくれるし」
分からん。
焼きそばに不満があるのか?
「ホントにヒドイ人だよね」
切なげにカカシは溜息をついた。人の話を聞いていないのはどっちだ。悔しいから言ってやる。
「カカシ先生は黙ってれば格好いいのに」
ぴくりと反応する。犬が飼い主に名前を呼ばれたみたいに。
「格好いいですか?」
「格好いいでしょ」
「なんで、なんで?どこが?」
どこがって、上忍で写輪眼で千の技を持つ男で銀色の髪に切れの長い青い目で顔整っててスマートで。
「クールで格好いいって思ってたのに」
焼きそば食いながらしがない中忍教師をネチネチ詰るような人だとは思っていなかったですよ。
カカシはしばし、宙に視線を泳がせてぼーっとした。
なんか反応読めなくて怖いな。
「俺、本気になると怖いらしいんですよ」
ふいと真正面からイルカを覗き込んでカカシが言った。
「でしょうね」
カカシ自身の戦いぶりは見たことがないが、過去に任務で行動を共にした上忍達を思い浮かべれば想像はできる。多分、それを上回る凄まじさなのだろう。
「あなたはあいつらの恩師だし、ナルトの事もあるし、俺も分別のある大人ですから、」
分別のある大人は昼時に人の家を訪ねたりしません。
心の中でツッコんだのが聞こえたわけでもないだろうが、カカシは言葉を切ってしょんぼりと黙り込んだ。
もそもそと焼きそばを食べる。
ほんっとうに、自分はカカシを格好いいと思っていたのだ。憧れていた。尊敬もしている。
なのに何故、こんな情けない姿を目にしないといけないのだろう。
「カカシ先生はヒドイ」
思わず詰る言葉が口をついた。
「ヒドイ人です。なんでこんな天気のいい日にこんなことグチグチゆってなくちゃならないんですか。俺は今日は洗濯するって決めてたんです。」
洗濯物を干して、散歩がてらぶらぶら木の葉商店街へ出掛けて、気が向いたら団子でも買って里の外れまで…
「イルカ先生、彼女いないんですか?」
上忍の心無い一言にイルカはキレた。
「悪かったですねえ!どうせ俺はモテないさえない、安月給の中忍教師ですよ!!」
思わず言わなくてもいいことまで言って自分でダメージを受ける。
イルカは深々と溜息をついた。
大体、この上忍が自分のアパートの部屋で焼きそばを食っているという状況の非日常さ加減が異常なのだ。
エリート中のエリート。
木の葉忍屈指の上忍。
有事の際には真っ先に前線に立って、里を守ってきた存在。
そういう人とは仕事上での接触以外、関わる事などないと思ってきた。
けして自分の日常には入り込んでこないはずの異質なものが、自分の日常の真ん中へ上がり込んで焼きそば食ってヒドイ、ヒドイと連呼している。
何かが、イルカの許容量を越えているような気がする。
イルカは生徒達が可愛い。ナルトが大事。同僚や中忍仲間とも仲良くやっている。そのうち彼女だって欲しいし、結婚したら子供は二人以上欲しいとか思っている。
それでも何かあれば任務に出るし、火影のためならば命だって捨てられる覚悟もしている。
そうやってイルカの世界は回っている。
充足しているはずの日常に、何故か目の前の男が入り込んできて自分に焼きそばなんぞ差し出させるのだ。
異質な男は自分のナルトや三代目に対する歪な依存に気づかせる。自分が何かを必死で埋めようとしている事に気づかせる。
イルカの目元がじわりと熱を持つ。
「あんた、酷い人だ」
悪態をついた自分の顔を見てカカシは口元を緩ませた。急に優しい目をする。
人の気配を読むのが巧みな男だ。憎たらしい。
「これ、食ったら一緒に外へ行きませんか。折角のいい天気だ」
人の話を聞かない男は勝手に今日の予定を決めて、さっさと焼きそばを掻き込んだ。
洗濯は来週になりそうだ。