「Bringing it all back home」


 夕暮れの近づくこの時間、報告所は混雑していた。
 三週間ぶりに里に帰ったナルトも書類を携え、他の任務を終えた忍達に混じって受付の列に並んだ。
 人々の群れの向こうに目当ての人物の括った黒髪のしっぽなり見えはしないかと背伸びしてみたがダメだった。
 本当はイルカの列に並びたかったのだけれど仕方がない。
 どうせ、後で落ち合う約束をしていたから、まあ、いいか。
 任務が終わったら一緒に一楽に行こう。
 子供の頃から変わらない、とっておきの約束。
 やっぱり味噌だよなあ。叉焼もはずせない。
 今回の任務は半ば公務に近かったから報酬もそれなりにある。
 今日は俺が奢ってやるってば。
 そう言ったらイルカ先生はどんな顔するかな。
 そんな事を考えていたら自分の番がきていた。
 残念、受付机の向こうにいたのは違う人だった。
 顔を横に向けると机の端っこにイルカ先生が見えた。
「せんせー!」
 呼ぶとイルカはハッとこちらを見て安堵の表情を浮かべた。でもそれは一瞬で、すぐ怖い顔を作って仕事中だぞ、と声には出さずにパクパク口だけで言った。それから「後でな」とまた口の形だけで言って、すぐに目の前の報告者に視線を戻してしまう。
「了解だってば」
 ニシシ、と笑ってナルトも視線を目の前の受付係へ戻す。相手は呆れたように自分を見ていた。
 今の自分は支給のベストを身につけた立派な中忍だ。そのくせに子供っぽい事ばかりするとサクラなどにはよく叱られる。デカイ図体して中身は悪戯っ子のままなんだから、と。
 一旦家に帰って、長旅の垢を落としてから再びアカデミーに足を向けた。約束は一楽の前でだったがまだ時間があるようだったから職員用の昇降口が良く見えるアカデミーの校庭で桜の木に凭れてナルトはイルカを待っていた。
 ナルトがアカデミーを卒業してから四年になるが、中忍になった今でもナルトはアカデミー時代の恩師であるイルカとよく会う。
 むしろ自分が中忍になって一人で任務をこなすようになってからの方がイルカとは頻繁に会うようになった。
 ナルトがアカデミー生だった頃、誰よりも面倒を見てくれたのはイルカだったが、教師である自分が特定の生徒だけを構いつける事は出来ないと一線を引いていた節があった。アカデミーを卒業して下忍になって初めてナルトはイルカの家に上げてもらえるようになったが、それでも必要以上に甘やかさぬようにと自らを律していたようだ。
 真面目な人なのだ。
 中忍になってイルカの家を当然のように訪れる事を許されるようになって、少しずつ一人前として認められてきているみたいでナルトは嬉しい。
「イルカ先生早く仕事終わんないかなあ。腹減ったってばよ」
 ずるずると木に凭れたまま寝転がってぼやく。さすがに三週間の長期任務の疲れがでてナルトはついうとうとしてしまった。



 話し声が聞こえてはっとナルトは目を覚ました。
 任務時の緊張がまだ抜けていなかったのか、咄嗟に気配を殺して身を隠してしまった。
 一人は知らない声だがもう一人の声は聞き覚えがあるよく知った声だった。
 なんだ、イルカ先生じゃん。
 声を掛けようと身を起こしかけたところへ昇降口からイルカと見知らぬ男が姿を現した。
 仕事の話でもしているのだろうか。なんだかイルカ先生の様子がぎごちなく見えるのは気のせいだろうか。
 なんとはなしに違和感を感じてナルトは気配を殺したまま二人の様子を伺った。
 なんだか妙に男は馴れ馴れしい。イルカは困ったように眉を下げて笑っている。
 どうしよう。自分は今、出て行っていいものかどうか。
 悩んでいたら男がイルカの腕を掴んだ。
 次の瞬間、目の前で起こった事にナルトの頭は真っ白になった。





「こら」
 玄関先に蹲ったナルトを見下ろしてイルカは腰に手を当て怖い顔をした。
「約束の場所忘れたのか?一楽の前で七時だったろ?」
 あんまり遅いから心配しておまえの家まで行ったんだぞ、言いながらイルカはアパートのドアに鍵を差込みガチャリとドアを開いた。もう九時近い。
「まあ、三週間も前にした約束だからなあ、俺の家でと勘違いしたか?」
 そう言いながらナルトを部屋の中へと招き入れてくれる。
「飯食ったか?なんだ、まだ何も食ってないのか」
 それほど怒っていたわけでもないらしく、イルカはお互い待ちぼうけだったなと笑いながら片手に提げた袋からいい匂いのする包みを取り出した。
「餃子買ってきたぞ。一緒に食べよう」
 冷蔵庫から煮豆だの漬物だのを出し、炊飯釜から冷や飯を茶碗によそって卓袱台に並べてくれる。
「折角、三週間ぶりに帰って来たんだからもっといい物用意しとけばよかったなあ。今度、鍋でもするか?」
 ナルトはじいっとイルカの顔を眺めた。
 ずっと変わらない大好きなイルカ先生の顔。
 黙ったまま見つめていたら大きな手が伸びてきて、くしゃくしゃと頭を撫でられた。
「おかえり。怪我もしてなくて良かった」
 ふんわりと優しい笑みがその顔に広がって、ナルトは鼻の奥の方がつんとした。
「ただいまだってばよ」
 えへへと照れ笑いをしてナルトは誤魔化すように箸を手に取った。
 それから今回の任務の事をたくさん喋った。
 もちろん守秘義務のある事は話さなかったけれど、それでもイルカに話したい事はたくさんあった。
 小隊の隊長がよくしてくれたこと。
 一緒に行動した視察団の侍達の事。
 視察に赴いた様々な土地の事。
「そのおっちゃんがさ、侍のくせにてんで弱えーの。立派な刀持ってるのにかえって自分で振り回して怪我しちゃうくらいなんだってば。でもすごい物知りで、色んな国から色んな植物を集めてきてさ、痩せた土地でも作れる作物を作るんだってゆってた。ほんぞーがくの学者なんだって」
「へえ。本草学者も一緒だったのか」
「俺、大名とか侍って何してるんだろって思ってたけど今回の任務で色々やってるんだなって分かったってばよ」
「‥‥‥‥おまえ、それはアカデミーの授業で‥‥‥まあ、いいか」
 イルカは苦笑したり呆れたり、それでもずっと笑ってナルトの話を聞いてくれた。



 もう夜遅いから泊まっていけと言われてナルトは喜んでその言葉に従った。
 イルカのベッドの横に客用の布団を敷いて横になる。
「電気消すぞ」
 イルカが電灯の紐を引っ張って明かりが消えた。
 青い闇が部屋に満ちる。
 子供の頃から、こうして枕を並べるのは何度目だろう。
 見慣れた天井の木目を見上げながらナルトは考える。
 最初、ナルトにとってイルカはすぐに拳骨をくれる口煩い教師だった。
 この人も俺のこと嫌ってるんだ、だから俺ばっかり叱るんだ、そんな風に思っていた。
 でもだんだん、悪戯して追っかけてきてくれるのはイルカだけだと気がついた。授業で失敗ばっかりする自分に付き合って放課後まで居残って術を教えてくれるのも、寂しくて悔しくて仕方なくて、でも絶対そんな素振りは見せるもんかと歯を食いしばっている時にさりげなく後ろに立っていてくれるのも、一楽に連れて行って暖かいラーメンを食べさせてくれたのもイルカだった。
「おまえもでかくなったよなあ」
 暗闇に溶けるような声でイルカが呟いた。
「昔は片手にのるくらいだったのに」
「う、それは嘘だってばよ。いくらなんでもそれは小さすぎだってば!」
 あははは、とイルカが笑った。
「でもホントに、片手で軽々抱き上げられたんだぞ」
 今はもう無理だよなあ。吐息のようにイルカが言った。
 今はもう、ナルトとイルカの身長はさほど変わらない。なんだか胸が疼いた。
「イルカ先生、そっちいってもいい?」
「んんー?なんだ?狭いぞ?」
「いいってば」
 ナルトは布団を捲り上げてイルカのベッドに身を滑り込ませた。
「まったく、いつまでも子供みたいに」
 そう言いながらもまんざらでもなさそうなイルカの顔を覗き込む。
 そっと、確かめるようにイルカの頬に手を這わせる。そのまま指先を唇に滑らせた。
 怪訝そうに見上げてくるイルカへ身を屈めて唇を重ねた。
「うわっぷ、なにすんだおめぇ!」
「消毒」
 身を引いて目をまん丸にしているイルカにナルトはぎゅっと抱きついた。
 そのままぎゅうぎゅうイルカを抱きしめてナルトは布団に潜り込んだ。
 大事な大事な人。
 誰にもこの人は傷つけさせない。
 イルカの胸に顔を埋めて、ナルトは固く目を瞑った。

ナ、ナル×イル!?
いえ、いえ、カカ×イルです。
真打は後からのんびり登場。
しかし、お子様を書くのは楽しい。