受付所のソファに黙然と腕を組んでナルトは座っていた。
 朝から幾人もの忍や依頼人が訪れては出てゆく。
 今朝、一緒に家を出たイルカはアカデミーの授業があるといってまだこちらには現れてはいない。
 本来はナルトも受付で任務依頼を受けるか待機所で待機しているべきなのだが、昨日長い任務から帰ったばかりだから数日は軽い自己鍛錬をする程度で休息をとっても許されるだろう。
 実のところ大して疲れてはいないのだが、今、自分には昨夜ひそかに己に課した使命がある。
 昔はそんな事、耳に入ってこなかった。入ってきても意味なんか分からなかったしどうも自分は鈍いところがあるらしい、全然気にかけていなかった。
 待機所で、喫煙所で、演習場での休憩時間のひとくさり、大人たちがひそひそ交わす忍び笑い。
 あそこの店の女がいいとか、今度入った新人は綺麗な顔をしているからそっちの任務も多いだろうとか、おまえあっちは試した事あるか、とか。
 たわいない、男なんて可愛いもんよ、と同期の指導教官だった綺麗なくのいちの先生はさきイカ片手に言っていたけど、大人になるにしたがってその意味が分かってきてナルトは時々とても居た堪れないような喚き散らしたいような気持ちになる。
 あの受付の黒髪。
 誰にでもにこにこ愛想振りまいて。
 頼めばやらせてくれるかもな。
 あんな野暮ったいのがいいのかよ。
 いや、ああいうのが案外…。優しそうだし。
 依頼主達にもお気に入りだ。
 案外そっちで仕事とってたりしてよ。
 昔は三代目がいたから口説きにくかったけど。
 一度味見してみたい。
 バッカじゃねーの!バッカじゃねーの!バッカじゃねーの!イルカ先生がそんなことするワケねーじゃん!誰に向かってゆってんだ、お前ら馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿!!
 思い出してナルトはキーーーッと頭を掻き毟った。
 以前はイルカ先生がにこにこしてると嬉しかった。
 でも今は誰にも笑いかけてほしくない。
 自分と、他にはイルカを慕っている生徒とイルカをちゃんと分かっている人にしか笑いかけなくっていいのだ。
 忍の世界では性的なタブーが少ないというのも成長するにしたがって分かってきた。前線では絶対的に数の少ないくのいちの代わりに男同士で行為をするらしいし、それで味を覚えてしまって同性にしか興味を覚えなくなる人間もいるらしい。
 一足先に中忍になったシカマルが「いやー、ああはなりたくないよなー」とぼやいていた。一緒に話を聞いていたキバとかチョージとかは「信じらんねー」「ひえー」と顔を顰めていた。ナルトだってそんなの自分には関係ない世界の話だと思って聞いていたけれど、里の中で、よりによってイルカ先生がそんな風に言われているなんて。
 大体イルカ先生は人が良すぎる。忍のくせに警戒心がないっていうか…だからあんな奴にあんな事されるんだ。
 ナルトは昨日、昇降口で見た光景を思い出して両拳で顔を覆ってぎゅっと目を閉じた。
 昇降口を出てきたイルカ先生ともう一人の男。
 たぶん、上忍だろう。
 見た事のない顔だったけど、纏うピリピリした空気から分かった。背の高い隙のなさそうな物腰の男。里の中であんな空気を漂わせているなんて、あんまり性質のいい男には見えなかった。
 そいつがいきなりイルカ先生の腕を掴んで、校舎の壁に押し付けて--------。
 キスしてた。
 イルカ先生はもがいて男の腕を振り払って、ぐいと手の甲で口を拭うと男を睨みつけた。
 目元が赤く染まっていて、それが怒りのためなのか泣きそうになっているのか分からなくてナルトはパニックになった。
 イルカ先生にあんな顔させるなんて。
 許さねー。
「おい」
 ソファの上で膝を抱えて怒りに震えていた肩を、ぽんと叩かれてナルトは飛び上がった。
「わ、わあっ」
「おまえ、こんな所でなにしてるんだ?」
 イルカがソファの後ろに立っていた。受付のシフトに入るようだ。肩越しに身を乗り出して顔を覗き込まれる。
 慰めるように頭をくしゃくしゃと撫でてくれながら心配そうにじっと目を見つめられてナルトは「ちがうってば」と心の内でこそっと呟く。
 またナルトが誰かに心無い事を言われたのではないかと、そんな心配をしているのだ。
 でもナルトはもう一人で膝を抱えて泣いていた子供ではない。今でも自分を毛嫌いしている人たちは沢山いるけれどそれは仕方のない事だと分かっているし、自分を認めてくれる人たちだっているんだと知っている。
 大体、こんな受付所のソファで泣きべそかくようなガキに見えるんだろうか。自分が心配しているのはイルカの方だっていうのに。
「イルカ先生!」
「うわ、なんだ!?」
 いきなり立ち上がったナルトにイルカは仰け反る。
「俺が見張ってるからイルカ先生は安心していいってばよ!」
 そう言って受付に座ったイルカの横に張り付いて訪れる人々にガンを飛ばしまくったナルトはイルカの手によって早々に受付所から放り出された。


「うー、もー、イルカ先生は全然分かってないってばよ」
 放り出されてもナルトは受付所の扉の前に座り込んでガラス越しにイルカを見張った。
 目が合うとイルカがシッシッと手を振る。
 それから依頼を受けに目の前に立った忍ににっこり笑いかける。
 そうじゃないだろー、とナルトはむくれた。
 なんだかそいつもイルカにちょっかいを出しているように見えてナルトはイライラした。親しげに身を乗り出して机越しに何か話したりしている。
 ‥‥‥ガラスドアに額をくっつけて物欲しそうに部屋の中を眺めている自分は家に入れてもらえない犬みたいだ。
 子供の頃、夕暮れ時、一人の家に帰るのが嫌で、でも行くあてもなくて赤い夕焼けがどんどん黒くなっていく中を里の家々の窓の明かりを恋いながら歩き回っていた。そういう時の空の色はとても不吉で自分だけ暗い闇の中に取り込まれて二度と明るい場所へは戻れなくなってしまうんじゃないかと怖くてたまらなかった。
 そんな記憶がふぅっと浮かび上がってきた時に、その男が現れた。
 足元に蹲るナルトに見向きもせずに筋張った腕をガラス戸にかけて押し開き受付所へ入ってゆく。
 背の高い筋肉質の体、その割には気配が薄く横を通り過ぎるまで気がつかなかった。
 昨日の男だ。
 男は真っ直ぐにイルカのもとへと向かった。
 男の姿を認めるとイルカの顔にわずかに緊張が走った。
 それを目にした途端、ナルトは弾かれたように飛び出していた。

オリキャラ出しちまいました。どうしよう。
まだどういう人物か考えてない…。
文章が雑ですみません。なんかアホのように急いて書いてます。