待ち合わせは木の葉茶通りの甘味屋だった。
休日のこともあって通りは人で溢れていた。
ナルトが里を離れている間に季節は夏に向かっていた。
三週間で大陸の各地を点々とする任務ですっかり季節感がなくなってしまったナルトは道行く人々の装いに本来の季節を思い出した。厚地の忍服もそろそろ夏用の通気性のいいアンダーにかえなくては。そういえば去年、夏服はどこにしまったんだっけ?
「ナルト!」
よく響く澄んだ声に呼ばれてナルトは往来に面した腰掛から立ち上がった。
人ごみの向こうからサクラがひらひらと手を振っていた。
「久しぶりー!」
淡い色の長い髪をなびかせてサクラが駆け寄ってくる。
「待った?」
若葉色の瞳で見上げられてナルトはどぎまぎした。すらりと伸びた手足や体の線が女性らしくなってきてなんだか眩しいような気持ちになる。おでこの広さは相変わらずだけど、やっぱりサクラちゃんって可愛いなあと思う。ナルトのほうもスリーマンセルを組んだばかりの頃はサクラより低かった身長も毎日飲んだ牛乳のおかげか無事に伸びて、金の髪に青い空の色を映したような瞳のなかなかの男振りに成長しつつある。 が、端から見ればお似合いの二人だが、残念ながらいまだにそういった色っぽい関係には程遠い。
ナルトの隣に腰を下ろすとサクラは抹茶と葛きりを注文した。
茶器を両手で包むようにして茶を一口啜るとサクラはほっと息を吐いた。
「この間帰って来たばっかりだったんでしょ。どうだった?火の国の使節団と一緒だったんでしょ。任務でポカしたりしなかったでしょうね?」
「しないってば!信用ないなあ…」
運ばれてきた和菓子を食べながらナルトはひとしきり今回の任務の話をサクラに聞かせた。サクラは行った事のない土地土地の話を興味深げに聞いていた。
優秀な頭脳を持つサクラは現在、参謀室付きの実習生として勉強している。そのため任務で里を離れる事もあまりない。
「サスケ君とも全然会わなくなっちゃったし、最近カカシ先生に会った?」
サクラの問いにナルトは首を横に振る。
暗部に配属されたサスケからは一切の接触が断たれた。カカシも里の上層部の仕事が多くなっているらしく滅多に見かけることすらない。他の同期の者達もナルトと同じく任務で里を出たり入ったりすれ違いでなかなか会う機会がない。
「なんだか寂しいよね」
茶器を両手に包んだままサクラは晴れた空を見上げた。
三人で中忍に合格した時は本当に嬉しかった。
でもそれがこんな風に仲間達をばらばらにしてしまうものとは。
一人前の忍としてやっていくというのはそういう事だと分かっていたけれど、皆と離れて一人で知らない人達と部隊を組むのはやっぱり不安が大きい。
中忍になるまでは同年代の下忍と小隊を組むことが多かったし、カカシはやっぱり自分達を守ってくれる存在だった。
「そういえばこの間、イルカ先生に会ったわよ。あんたが任務に出てる事もイルカ先生から聞いたのよね」
イルカ先生はいつまで経っても変わんないよね、とサクラが笑った。相変わらずアカデミーの子供達を引き連れて怒ったり笑ったり、受付所に行けば「最近どうだ?」と屈託なく尋ねてくれる。
「イルカ先生は癒し系だって、そんな風に言う人達の気持ちが最近分かるなあ」
サクラの口かイルカの名を聞きナルトは口を噤み俯いた。
イルカが上忍に言い寄られているらしい事、相談してみようか。こういう事はやっぱり女の子の方が多いだろうし、対処法とかも知っているんじゃなかろうか。
でもなんだかイルカの話をするサクラの和らいだ表情を見てしまうとそんな話は聞かせたくないような気持ちになる。なんといっても男同士の話だし、自分の胸に渦巻いているようなもやもやをサクラにまでうつしてしまうかもしれない。
「なに難しい顔してるのよ」
ナルトの表情の変化に気づいたサクラが水を向けてくる。う〜、と唸りながらナルトはサクラの顔を伺うように見上げた。
「あの、さ、あの、俺の知り合いでさ、職場でセクハラされてるっぽい人がいるんだよね。そういうのって、どうしたらいいのかなあ…」
セクハラ!?サクラは思わずといった風に声をあげた。
「なにそれ、最悪ね」
「う、うん」
ナルトはなるべく人物が特定できないようにかいつまんで事情を話した。
「人の出入りの多い部署だからさ、なんかちょっかい出してくる奴が多いみたいなんだ」
「んとに、男なんて馬鹿ばっかよね!女だと思うとすぐそういう風に扱いたがるんだから!」
プリプリと怒りながらサクラが吐き捨てるように言った。「しゃーんなろーっ!」と叫ぶ内なるサクラが背後に見えたような気がする。
「事務系の内務に多いのよね、そういうセクハラって。五代目が綱手様になってからは規律が厳しくなって減ったって言うけど」
「そうなの?」
「そうよ。医療系のくのいちってそれこそ癒し系じゃない。勘違いする男が多いから綱手様はよく分かってらっしゃるのよ」
でも男に対するセクハラは野放しじゃないかってば、ナルトは思ったが口には出さなかった。
「私が内務の子に聞いたのは、セクハラ避けに左手の薬指に指輪するんだって」
そうすると既婚者か、決まった相手がいるものと思われて変なちょっかいは出されなくなるのだという。
「へー」
「それでその子は彼氏に指輪買ってもらったんだって」
「効果あったって?」
「あったみたいよ」
よし、呟いてナルトは立ち上がった。
「サクラちゃん、指輪買いに行くのつきあってくんね?」
「え!?あんたが買うの?」
うん、とナルトは頷く。
「だって、他に買ってくれそうな奴いないんだもんよ」