赤い提灯の下がった店の軒下に相変わらずの飄々とした風体でかつての上官は立っていた。
 息せき切って駆け寄ったナルトへ眠たげな目を向けると
「よ、ナルト」
ポケットに突っ込んだ片手を出して顔の高さに掲げてみせる。まるでつい昨日別れたばかりのように変わりない仕草だった。
「カ、カカシ先生、」
 ナルトはカカシの顔を見上げて、今は数センチの差しかない、わあ、カカシ先生だってばよ、とその姿をぐるぐる眺め回した。
「スッゲー久しぶりじゃんか。今までどうしてたんだってば?」
「いや?どうもしてなかったけど」
「だって、里の中では全然見かけなかったし----」
 ナルトが詰め寄らんばかりに言いかかると背後からひょいと大きな影が差した。
「おい、カウンターなら入れるってよ」
 店の戸口から現れた大柄な髭の男が煙草を咥えたまま言った。
「あ、アスマ先生!」
「おう、カカシんとこのちびっこか」
 髭の上忍はひょいと眉を上げた。
「もうちびっこじゃないってば」
 アスマはナルトを見て、んー、と曖昧な声をあげた。
 まあ、アスマ先生に比べたらまだ背は低いかもしんないけどさ。
「ナルト、一緒に入るか?」
 カカシに誘われてナルトは「うん、うん、」と勢いよく答えた。
「オゴリ?オゴリ?」
「おまえね…ま、いいけど」
 三人は藍染めの暖簾をくぐって小さな串焼屋に入った。
 店の中は混雑していた。そういえば休日の夜だ。
 客達の座った燻されたような色の木の卓や椅子の間をすりぬけて、三人はカウンターに座った。
 カウンターの向こうから肉の焼ける音といい匂いの煙がひっきりなしに上がっている。
「とりあえず生中」
「俺、ウーロンハイ」
「俺はー…」
「おまえはウーロン茶」
 注文を取りに来た店員に勝手にカカシはナルトの分を注文してしまう。
 不満げな顔をしたナルトに「お酒は二十歳になってから」とカカシが釘を刺す。
「はーい」
 シカマルの家でおじさんの晩酌に付き合った事とかあるんだけど、あれはいいのかなあ。
 店員の威勢のいい声と酔客の声が飛び交う中、運ばれてきたグラスを合わせてとりあえず乾杯した。
「お疲れ様!」
 今日は休みなんだからお疲れ様じゃないはずだが、何故か目的のない飲み会の乾杯の音頭は大抵これだ。キバの家でお姉さんがビール出してくれた時もこうゆってたなあ、とか思っていたらカカシがぼそりと続けた。
「それと、おかえり」
 へ、とナルトは隣に座った元上官の顔を見た。左側に座ったので見えるのは斜めにかけた額宛と覆面だけなのだが、カカシがこちらへ顔を向けると唯一覗うことの出来る青い目がにっこり笑っていた。
「一昨日、帰って来たんだろう」
「そうだけど、」
 知ってたのか、自分が長期任務に出ていた事。全然会ってなかったのに。
「なんで、なんで知ってんの?」
 不思議がってカカシの腕を揺すると、手に持ったグラスからウーロンハイを零しそうになってカカシは慌ててそれを啜った。
「変わんないね、おまえ」
 呆れたように言われるがカカシも変わってない。なんだか懐かしい気さえする。
「五代目から聞いてるよ」
「そうなんだ」
 そっか。
 ナルトは運ばれてきた串焼の盛り合わせからネギマを一本取って齧りついた。
 炭火でじっくり焼かれた鶏肉は香ばしくて旨かった。脂身もカリカリだ。そう言うと、ああ、ここお勧めの店だからね、とカカシは言った。いつも混んでるらしい。
「キムチも旨いよ。蟹の身が入ってる本格的なやつだから」
 勧められるままモグモグやる。ほんとに旨い。
「サクラちゃんもカカシ先生に会いたがってたってばよ。今日、一緒にいたのに惜しかったな」
「ああ、おまえ、サクラと指輪買いに行ったんだって?」
「へ?」
 なんでそんな事をカカシ先生が知ってるんだ。
「サスケがすんごい気にしてたぞ」
「へ?」
「そんなに気になるんならサクラに連絡取ればいいのにあいつアホだからねー」
「ええ!?カカシ先生、サスケに会ったの?いつ?」
 サクラと指輪を買いに行ったのは今日の昼間だから--------。
「って、今日!?会ってたのか、サスケと!」
「ああ。夕方からミーティングあるって別れたけど」
「それって、ついさっきじゃん!!なんであいつカカシ先生とは会ってんの!?俺達には顔も見せないくせに!!」
 思わず箸を握り締めたままナルトは立ち上がった。がたん、と椅子が音を立てて後ろのテーブルの客の背に当たる。あ、すいません、とカカシが謝った。
「サクラちゃん、すっげ会いたがってたんだぞ!見てたんなら声かけろよ!」
 まーまー、座んなさいって、とカカシが落ち着かせようとナルトの袖を引っ張った。声デカイぞ、とそれまで黙っていたアスマにいなされてナルトは渋々腰を下ろした。
「あの薄情モン〜」
 声を落として、それでもナルトは言わずにはいられない。
「俺はいんだよ、俺はさ。でもサクラちゃんが可哀想じゃんか」
 サクラはずっとサスケのことを想いつづけている。応援なんかしたくないけど、でもサクラにだけは連絡ぐらいしろ、とナルトは思う。
 ずっと三人一緒に、そんな風に思っていた部分もあったけれど。
 二人が一緒にどっかに行ってしまったらきっと自分は寂しいだろうけど。
 一人だけ取り残される予感はいつでも自分の中にあった。だから俺は強くならなくちゃ。早く、もっと強くならなくちゃ。そう思ってきたから。
「なんだよ、サスケの奴」
 心の内の苦さを摘み取って、ナルトはぶつくさサスケへの文句を呟く。その横顔をカカシは見ている。
「なー、カカシ先生。暗部って他の忍に連絡したり会ったりしちゃいけないもんなの?」
「そんなわけないだろ。暗部にだって家族もいれば恋人もいるよ」
「じゃあ、なんでサスケは俺らに会わないんだってばよ」
「んー、まあ、あいつなりのけじめなんじゃないかねえ」
 けじめ?ナルトは首を傾げたが、カカシはなんにも言わない。
「--------暗部の仕事って、やっぱキツイんだろ…」
 思わず、言うつもりのなかった言葉がぽろりと零れた。
「入れろ、入れろって五代目に駄々こねてる奴が何言い出すんだか」
「俺はいーの!」
「はいはい」
 カカシが獅子唐やら椎茸やらアスパラやら、野菜串をナルトの取り皿に放り込んだ。
 げー、と顔を顰めたナルトに「オゴリだから」とカカシは涼しい顔だ。
「んで?サクラに指輪買ってやったの、おまえ。本当に?」
 やけくそ気味に椎茸に噛み付いたナルトにカカシが問う。なんだ、その「本当に?」ってのは。しかし悔しい事に、本当にサクラに買ったわけではないのでナルトは渋い顔のまま答えた。
「ちあうー。あれはイルカ先生に買ったんだってばよ」
 噛み締めた歯の間から椎茸の癖のある匂いが鼻について、ちょっとナルトは涙ぐんだ。なるべく味を感じないように急いで飲み込んでしまう。ウーロン茶で口の中をすすいで顔を上げると、元指導教官のはたけカカシは見たことのない顔をしていた。
「え?」
 そして、聞いた事のない間の抜けた声をあげた。
「おまえが?」
 イルカ先生に?
 一言一言区切って、壊れたラジオが拾い上げた遠い電波みたいに抑揚のない声音で呟きながら、カカシは呆然とした顔を元教え子に晒していた。

やっとカカイルらしい展開…か?