ナルトは今日も任務報告所のソファに座っていた。
膝の上で組んだ腕に顎を乗せ俯いている姿にイルカは溜息をついただけだった。
イルカも頑固だがナルトも負けないくらい頑固だ。
とにかく、あの無礼な上忍だけはどうにかする。昨夜、布団の中でそう決めた。
暫く、そうして報告所の入り口を見張っているとあの上忍が一人でふらりと現れた。睨みつけるように視線で追うナルトに気が付いているだろうに目もくれない。
だが、今日は男はイルカの元へは行かなかった。
まだ早い時間の報告所は人もまばらで受付には列も出来ていない。なのに誰もいないイルカの所ではなく他の受付係に男は報告所を提出した。
拍子抜けして睨む目にも力がこもらなくなる。
「確かに受理いたしました」、係りの者のその声を聞くと男は呆気なく報告所を後にした。
その後姿をぽかんと眺めていると、後ろで「すみません。少し席を外します」とひそめられた声がしてイルカが男の後を追うように報告所を出て行った。
「え?え?え?」
イルカ先生?
ぼうっと成り行きを見守ってしまったナルトははたと我に返り、慌てて二人の後を追った。
報告所のガラス戸を開け足早に廊下を抜けると階段の手前で男とイルカが何事か言葉を交わしている。
イルカの手が男の背に回されているのに驚いてナルトは二人に駆け寄った。
「イルカ先生!」
イルカがこちらを見る。と、男は鬱陶しそうにイルカの手を払いのけた。
「あ、この!何すんだ!!」
小さくよろけたイルカを見て思わずナルトは男に叫んだ。
掴みかかろうとしたところをイルカに制される。
「やめろ、ナルト」
「イルカ先生、こいつ…!」
イルカがナルトと男の間を割ってはいる。男の肩を掴んだイルカの手を、また男が払い落とした。
「余計な世話だと言ってるだろう」
ハスキーな声が苛立ったように言う。イルカの眉が顰められる。その顔がなんだか悲しそうに見えてカッときた。
「おまえ!調子にのんなよ!!」
「ナルト!」
イルカを押しのけて男の胸をどんと小突いた。上忍相手だ、どんな反撃がくるかと身構えたが予想外に男は「くっ」と呻いて壁に手を着いた。
え?
予期せぬ展開にナルトは男をまじまじ見つめた。
イルカが「大丈夫ですか?!」と慌てて屈んで男の顔を覗き込む。男は煩そうにイルカを払いのけようとするがイルカは男の腕を自分の肩に回させてしっかりと支えて立ち上がらせた。
「イルカ先生?」
ナルトの声にきっ、と視線をよこしたイルカは
「土砂崩れで埋まった南街道の修復作業、増員要請五名だ!遊んでるなら行って来い!」
びしりと怒鳴りつけ、ナルトに背を向けると男を肩に支えて階段をゆっくりと降りていってしまう。
ナルトはおろおろしたまま手摺から身を乗り出してイルカの姿を追った。
「ちゃんと受付に申請してから向かえよ!」
イルカの声が階段の吹き抜けに響くが、そんな事言われたって男とイルカを二人にして放って行けるはずがない。
ナルトは二人の後をずっと離れてためらいつつ追いかけた。
二人が向かったのは一階の医務室だった。
廊下の端から引き戸をガラガラ開けて中へ入ってゆく二人を眺めてナルトは自分も入ったものかどうか逡巡する。
イルカにはああ言われてしまったし、どうやら怪我をしているらしい相手に乱暴をしてしまった事も後ろめたい。でもイルカは心配だし…。
ああ、う〜、ナルトはぐしゃぐしゃ頭を掻き回して悩んだ。
なんで、こうなっちゃうワケ?
俺ってば間違った事してる?
イルカ先生、あいつの事迷惑してるんじゃなかったのか?
ぎゅっと目を閉じてうんうん唸って、目を開けると廊下の向こうにぽつんと小さな影が座っていた。
いつの間に現れたのか、まったく気配がしなかった。
「ああ、なんだ…」
ナルトはほっとして笑った。小さな影は小首を傾げたようだ。
「なんだ。なんだ。そっか。」
流石だ。
ナルトは舌を巻き、安心してイルカに言いつけられた任務に就くために受付所へ足を向けた。