「チャパラナイト」
今日は土曜日だ。
目を開けると、カカシは明け方に帰ってきてベッドに潜り込んだそのままの格好で布団にしがみついていた。任務明けでシャワーも浴びずに眠っていたから、服や髪についた砂埃がシーツの上でじゃりじゃりする。
カカシの部屋は土足で出入りする仕様になっているが、辛うじてベッドに登ってから履き物だけは脱いでいた。いつも膝下に巻いたゲートルが休息につく前の泣き所なのだが、半端に解けた状態でくしゃくしゃになって布団の中、足首に絡まっている。
最近、夜通しの任務が辛くなった。
上忍師として下忍の指導をしていたので、昼間に行うDランク任務のために体内時計がそちらに順応してしまったらしい。
若い頃は何時間眠ろうが眠るまいが、いつでもすぐに覚醒状態になれた。今は自分で気をつけてコントロールしていないと体の切れが悪い。
枕元の時計を見ると昼前の11時だった。
六時間は眠った。
今日と明日は非番だが、夕方から予定がある。
デートだ。
公開中の映画は、クライマックスの殺陣の場面で主演女優の生乳ポロリが拝めるという話題作だ。
父と兄を殺された剣術道場の娘が男装して、流れ者の剣士と共に仇討ちをするという筋立てで、全年齢向けにしてはきわどい場面がはいるらしい。素直にアクション娯楽作として観に来る客と、スケベ根性で観に来る男どもで劇場は賑わっているそうだ。
カカシが一緒に観に行きましょうよ、と誘うとイルカは「え、」と狼狽えて視線を泳がせた。
「イルカ先生、観たくないですか?ユマの生乳」
「な、なに言ってるんですか!」
イルカはム、と口をへの字に曲げた。こんな事で赤くなるなんて可愛いなあとカカシは内心ニヤニヤした。
受付へ向かう本部の廊下でつかまえたから、周囲には人通りが多い。カカシは声のトーンを落とした。
「俺、今週末は任務明けで非番なんです。イルカ先生も休みでしょ?」
「そうですけど」
「男一人で観に行くと、いかにも、でショ?一緒に観に行きましょうよ」
「………そうですね」
廊下の隅でこそこそと週末の計画を立てた。
十代の童貞のガキじゃあるまいし、スクリーンの女優の生乳ポロリではしゃげるものかと思われそうだが、はしゃげるのが男というものだ。案外、簡単にイルカは話に乗ってきた。
それが今週のあたまの出来事。
カカシは十代の頃に一緒にそんな計画を立てるような友達はいなかったから、それはそれで楽しい。
楽しいが、久しぶりのデート−−−とカカシは思っている−−−なのに、そんな映画をセレクトしてしまう自分はほとほと救いがないと思う。幼い部下達をイチャパラ越しにしか見る事の出来なかったように、イルカに対してもどこかで逃げをうっているような気がする。
本当は女が好きなんだと見えるように振る舞えば、イルカが安心するのは分かっている。安心して油断するのを待っている。女は好きだが、イルカはもっと好きだ。そこんとこ、分かっているんだろか。
覆面で覆い隠し、間延びした口調でかわして、でも虎視眈々と狙っている。
腰は引けているくせに、すべてを諦めきれるほど潔くはないのだ。
洗面台の鏡の前で、人差し指で左眼の下目蓋を引っ張って鏡に映った赤い目玉を覗き込んだ。
−−−おまえがもっと長生きして一緒に友達として過ごしてくれたら、もう少し違った風になれてたかねえ。
赤い目がカカシの顔を見返していた。
−−−生きてたって、俺と一緒にエロい映画観に行ってくれたかなんて分かんないか。
お互い気の合う相手ではなかった。時が経つほど、彼がどんな人物だったか霞んでくる。良かった事ばかりを思い出す。二十を半ばも過ぎて、未だに十二かそこらの子供の面影に縋っている。
鏡に映ったでかい図体した男を眺めてカカシは自嘲した。
新しい術の開発を始めてから、時折、左眼の視界が翳るようになった。
−−−おまえまで、行ってしまわないでよ。
それとも長く引き留めすぎたのか。
そろそろ独り立ちしろということなのかもしれない。
−−−エロい映画は他の奴と観に行けってか。
ぼさぼさの頭を掻きながら大きな欠伸を一つして、カカシはシャワーを浴びるために浴室へ向かった。
Copyright(c) 2013 all rights reserved.