「花に嵐」


 通りの向こうから白いわさりとした塊が歩いてくる。
 道行く人々が皆、振り返る。
 雪のように白い大輪の百合の大きな花束を抱えて歩く女。
 ヤマトも思わず、その人物を目で追った。
 長い黒髪が彼女の後ろへ靡いて流れる。
 目が合った。
「あら」
 女の大きな黒い目が自分をとらえて、形の良い唇が開かれた。
「いいんですか、そんな匂いの強い花をそんなにたくさん」
 顔見知りの女にヤマトはつい、そんな言葉を掛けた。
 女は憂いを帯びた美しい目を細めて笑った。
「花に罪はないもの」
 その言葉に感じるところがあってヤマトは黙った。
 贈られたのか。
 女の素性を知っている相手だろうか。彼女の瞳の憂いの意味をわかった上で渡したのか。
 暗部の女に、匂いのきつい百合の花なんぞを。
「あなた、外にいるって本当だったのね」
 女が自分の忍服を見て言った。彼女もいつもの暗部装束ではなく、通常部隊のカーキ色のベストを身につけている。
「カカシ先輩とまた組んでるんですって?」
「どうするんです、それ?」
 さあ、と女は首を傾げた。
「どうしようかと思ってるの。持っては帰れないし」
 慰霊碑に供えるわけにもいくまい。他の男に贈られた花など。
「やっぱり匂いがつくのは困るものね」
「捨てればいいのに」
「花に罪はないもの」
 また彼女は繰り返した。
 贈った者の心に罪はないと言っているようだった。
「どうせ、応えられないくせに」
 独り言のように言ったヤマトに、女はあでやかに笑った。
「受付の人に、どうしようって訊いたら、“食べたらどうですか?”ですって」
 堪えられないというように女はくすくすと笑った。
 この花束は受付で年若い中忍に貰ったのだそうだ。
 決死の覚悟という顔で花束を差し出すと、若い中忍は逃げるように受付所を飛びだしていった。困惑していると受付の係の男が言ったのだ。
「飾るわけにはいかないけれど、捨てるのも、人にやるのもむごいなら、食べたらどうですか?」
 花も成仏出来るでしょう。
「あなた、百合の花の食べ方知ってる?」
「さあ。酢の物にでもしたらどうでしょう」
 ヤマトが言うと、夕顔は堪えきれずに声を上げて笑い出した。