暗部で出会った先輩は、闇夜に咲く白い花のようにきれいで、恐ろしく強かった。
 泥にまみれ、血に濡れながら、細い腕が振るう刀が次々と標的を屠る様に何度も見とれた。地に伏して間近に呼気を感じ、張りつめた殺気を共有する事に身が震えるほどの充足を覚えた。
 何人もの人間が彼を欲して、冷たく拒絶されるのを見てきた。
 誰も寄せ付けずに独りきりで、マントを体に巻きつけ硬い寝床に身を丸める薄汚れた野良犬のような姿を幾度も見てきた。
 ヤマトも同じだった。同じくらい周囲を拒絶していた。これ以上、異物が自分に混入するのが怖かったのだ。
 カカシの傍は冷たくて心地がよかった。そこにいられるだけの力がヤマトにはあった。同じ速さで獲物を追って駆ける事が出来るのが誇らしかった。自分自身と引き替えに得た力に意味を持たせるには最高の場所だった。





 無言で花を差し出したヤマトをカカシは訝しげに見つめた。
 晒された右目がこちらの意図を推し量るように眇められている。待機室のソファで座ったまま、目の前に立つヤマトの様子を探っている鼻先に、白い花が一輪、重たげに首を下げている。
「食べて下さい」
 そう言うとカカシは微かに目を見開いた。
「ナニ?毒草?」
 覆面の中で口元が斜めになる。
 ヤマトは表情を変えずにカカシを見返した。出会った頃に比べるとこの人も随分、人間臭くなった。目の下には草臥れたような線が見える。薄かった肩はがっしりとした筋肉に鎧われて、あの頃の面影はない。
「気持ちにケリをつけたいんです」
 花を植物の生殖器と形容した彼はどう感じただろう。
 カカシはひょいと覆面を指でずらして口元を晒すと、尖った花弁に囓りついた。
 部屋の中にいた他の上忍達が何事かと見守っている中、カカシはむしゃむしゃと道端の草を食む犬のように花の首を食い千切り、嚥下すると、ぺろりと口元を舐めた。
「苦い」
 誰に言うともなくカカシは一言言った。



 あの頃、確かに自分はカカシの存在に救われていた。
 情を乞わなかったのはカカシにとって女は体を温めるための寝床でしかなく、彼を求めるような男は薄気味の悪い存在でしかないのを知っていたからだ。
 カカシにとって同じ目的、同じ規範で行動する群れの仲間である事をヤマトは選んだ。
 なのに、明るい世界で再会したカカシは変わっていた。
 ヤマトが惹かれたあの頃のカカシにはもう二度と会えないだろう。
 未熟な自我を持て余して、自分はただの兵器に過ぎないと己に言い聞かせていた自分達。
「ありがとうございました」
 ヤマトはカカシに一礼した。
「これで、心おきなくあの人を口説けます」
 晴れ晴れと言うとカカシの切れ長の目がかっと開かれる。あからさまに不意を打たれた表情だ。
「は?ナニ言ってんの?今、気持ちにケリつけるって…」
「はい。ありがとうございます」
 くるりと踵を返す。
「おい、テンゾウ!」
 カカシが呼び止めるのが聞こえたけれど、ヤマトは颯爽と上忍待機室を後にした。
 戦わずして負けるのはこれきりだ。
 ふと、ヤマトは自分の腕を目の前に伸ばしてみた。隆起する筋肉と節だった太い骨を頼もしく思う。
 人の体力のピークは十八歳と言われる。
 ひたむきに、がむしゃらに一つの事を思い詰められる澄んだ心は、年を経るにつれ濁り、代わりに様々な雑味を帯びてゆく。
 けれども、経験を経て蓄積された知識と感覚は、生まれたままの真っ新な自分にはなかったものだ。
 もしかすると、自分は今、あの夜の世界を這い出ようとしているのかもしれない。
 自分を暗部から通常部隊へ、仮にでも転属させた五代目の意志がどこにあるのかはまだ定かではないけれど。
 ヤマトは笑った。
 やはり、口元でしか笑えない。
 それでも、ひとつ、身軽になった事をヤマトは感じた。







ヤマトを本気にさせてしまった。