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 気がついたら私は一楽のカウンターに座って豚骨ラーメンを食べていた。
 隣でキバ君といのちゃんが言い合いをしていて、シノ君が水を飲んでいた。
 膝の上で赤丸がスピスピと鼻を鳴らしている。
 私はずるずる麺を啜りながら、首を傾げた。



 食べ終わるとお勘定をして、みんなで一楽を出た。
「おじさん、お酒の事、内緒にしといてね」と、いのちゃんが一楽のおじさんに頼んでいた。
 私、合コンで青いお店にいたのにどうして一楽にいるのかしらと不思議でたまらなかった。どうしてキバ君とシノ君がいるのかな。
 シノ君がいのちゃんを送っていくというのでまた揉めた。
「おまえ、逃げる気か!?」
「いのも遅くなると家の人が心配するだろう。だが一人で帰らせるわけにもいかない。ここは別々に行動した方が得策だ」
「じゃあ、俺がいのを送ってくからシノがヒナタを送って行けよ!」
「やーよ。私、シノと帰る」
 いのちゃんはシノ君の腕を取って、べーと舌を出した。
「俺にだけ日向のおじさんに怒られろって言うのか!?」
 食ってかかるキバ君から隠れるようにいのちゃんはシノ君の後ろへ回った。なんだかいのちゃんはシノ君に甘えているみたいだった。シノ君はそれを許している感じだった。なんにも言わないけど。
 シノ君はそういう人だ。
 キバ君はブツブツ言っていたけど、いのちゃんとシノ君はさっさと二人で行ってしまった。
「んだよ、だからやだったんだよ。ちくしょー、シノもいのもよー」
 一楽の前で二人で立っていたけど、決心をつけたようにキバ君が振り返った。
「帰るぞ」
 キバ君は不機嫌そうだった。私はまた何か迷惑を掛けてしまったらしいとだんだん分かってきた。俯くと腕の中で赤丸が慰めるように鼻をくっつけてきた。
 辺りはもう夜で、繁華街の灯りがぴかぴか道を照らしている。夜間の任務に出る事はあっても、こんな時間まで遊び歩いた事はない。すごくいけない事をして、それにキバ君を巻き込んでいるんだと思った。
「帰ろうぜ」
 キバ君はもう一度言って私の肘を引っ張った。ボレロの袖を少しだけ摘んで。私は赤丸を抱きしめて歩き出した。
 とぼとぼキバ君の後をついてゆく。赤丸を抱かせてくれているからそんなに怒ってはいないと思うけど、キバ君が黙っているので不安だった。
「ごめんなさい」
 蚊の鳴くような声で言った。
 キバ君は立ち止まって振り返ると屈み込んで私の顔を覗き込んだ。
「口開けて。はー、ってしてみ」
 私は少し身を引いてしまったけど、言われたとおりに「はー」と息を吐き出した。
「まだ酒の匂いすんな。顔も赤いし」
 私の息の匂いを嗅いでキバ君が確認する。顔に血が上った。なんだかもう恥ずかしすぎる。
 「よしよし」と言って、キバ君が私の頭を犬にするように撫でた。言葉が通じない相手だと思われてるみたいだ。
「キバ君…」
「おー、ふにゃふにゃ」
 キバ君が私のほっぺたを摘んで引っ張った。…下ぶくれなの密かに気にしているのに。
「らしくねえ事してんなあ」
 気の抜けた声でキバ君が言った。
「そういうのは向いてねえんじゃねえの?」
「…でも…」
 向いてない事でも頑張らないと、出来るようにならないと、私も誰かの役に立ちたいし、好きになってもらいたい。
 酒が抜けるまで少し歩くか、と言ってキバ君は夜の町を歩き出した。
「先輩達はみんな優しくしてくれたの。みんな、ちゃんと気を遣い合って上手に話すの…私だけ…緊張してなんにも言えないの…私も誰かに優しくしたり、上手に話したり出来るようになりたいの」
 みんなみたいになりたいの。
 いつも私だけ出来ない子で、いらない子だって思われたくない。
「サクラちゃんもネジ兄さんもみんな努力して強くなってる。キバ君だって…」
 サスケ君を連れ戻すための任務に出て、キバ君も大怪我をして帰ってきた。ものすごく強い敵と戦って帰ってきた。
 キバ君はその後、急に大人っぽくなった。
「俺なんてボコボコにされて砂の奴らに助けられて帰ってきただけだぜ?」
 私はぶるぶると首を振った。
「キ、キバ君は強くなったよ…」
 背中が大きくなった。
 私はまだキバ君やネジ兄さんのように過酷な任務を知らない。
 サクラちゃんのように辛い思いを知らない。
 経験が足りない。力が足りない。
 人づきあいもうまくできないし、要領も悪い。全部、足りない。
「そうだなあ」
 キバ君はがりがりと首の後ろを掻いた。
「俺も正直、今でも音の里の連中には歯がたたねえんじゃないかって思ってるよ」
 あんな呪印なんてものを施されて悪魔みたいな力を手に入れて、そんな奴らに勝てるなんて思えねー。とキバ君は言った。
「サスケも今はそうなってる」
 ゆっくりと歩き出しながらキバ君は話を続けた。
「あいつらに負けたのは今でも面白くねえ。任務失敗だって書類に残されてんのも忌々しいぜ。この先ももっと強くなれるかなんてわからねえし、大蛇丸に魅入られたってサスケの才能が妬ましくもなるぜ」
「うん…」
 ナルト君とサクラちゃんを切り捨てても行かなければならなかったサスケ君の気持ちがどんなものだったのか、分からないと言ってしまえれば簡単だと思うけど、私も、他の子達も、誰もがぼんやりと分かっている気がする。
 見てみぬ振りしてきた足元の暗い穴を、サスケ君は皆に見せてしまった。いつでも、誰がその穴に足を取られてもおかしくない、そんな場所を私達は歩いている。
「でも俺は、あの時あの面子で任務に行った事が勲章みたいに思えるんだ。任務は失敗だったけど。チームワークっていいなって初めて分かった」
 他の奴らが俺より強いとチクショーってなるけどな、キバ君が笑う。
「おまえ、全然周りも自分も見えてないだろ」
「…そうなのかな」
 自分では見えてるつもりなんだけど。だから頑張らないとって。
「中忍にまでなって、まだ何にも出来ないつもりなのか?」
「………」
「なんでも完璧に出来るようになって、誰よりも強くなれないと満足しねーの?みんながヒナタ様は素晴らしい!ヒナタ様は最高だ!って言わなきゃなんねーの?」
「ち…ちがうよ!そんな事思ってないよ!!」
 そんな風になりたいわけじゃない。ただ足手まといになりたくない。誰の手も借りないでちゃんとなんでも出来るように、迷惑掛けないように…。
「一人で強くなったって意味ないんじゃねーの。つまんないぜ、そんなの」
 キバ君は肩を竦めた。
「俺さあ、サスケを追いかけてく間中、ずっと考えてた。サスケが行く道もありかもしれねえ。シカマルが、俺達は木の葉流でいく、って言ったから従ったけどな。任務なら腹を決めなきゃならねえ。でもサスケを説得する言葉なんて俺達にあるのかって」
「うん…」
「でも、里に帰ってきてみんな生きてたって分かったとき、本当にほっとした。ひとり、ひとり、バラバラになってどこでどうしてるかも分からねー状態で戦ってたけど、あいつらが生き延びてくれたら文句はねえって思ってた。他の奴らもそう思ってるって分かってた。別にどいつもこいつも好きな訳じゃねえけどな。いけ好かねえ奴だって思う時もあるけどよ」
 シカマルもそう言ってたけどな、とキバ君は笑った。
「やっぱ俺は木の葉流がいいぜ」
 私はキバ君の言葉を聞きながら、ナルト君の事を思い出していた。同じ事を言われているのかなって思った。
 −−−完璧じゃないからってダメなんじゃないって。
 言いたい事は言ったとばかりにキバ君は両手を挙げてぐーっと伸びをした。やっぱりキバ君は大きくなってるなって思った。背中も腕も手も。
「まあ、おまえは俺の言う事なんて聞くタマじゃねーもんな。頑固一徹親父みてえ」
「ええ…!?」
 オヤジなんて初めて言われたのでびっくりした。私はいつも弱気で人に流されてばかりで、全然自分のことが出来ていないとは思うけど、そんな風に言われるのは初めてだ。
「日向の人間てみんなそんな感じだけどな。父親も頑固、従兄も頑固、おまえも頑固」
 そう言われて、私は意外な気持ちだ。私だけ似ていないような気がずっとしていたから。
 キバ君を見上げて立ち尽くしていると、キバ君が私の後ろの方へ目を向けて怪訝そうな顔をした。
「あれ、先生達…?」
 私も振り返った。道路の向こうに何か揉めている人達がいて、言い争う声が聞こえてきた。キバ君は耳もいいから私より先に気がついたんだろう。
 木造の地味な---旅館?みたいな建物の門の前で、一人が中へ入ろうとするのにもう一人が抗っている風だ。酔いを醒まそうとぶらついているうちに、気がつくと私達はそんな建物が建ち並ぶ一角に入り込んでしまっていた。
「騙したんですね!」
 抗っている方の必死な声が私の耳にも聞こえた。
「騙してないですよ。さっきまでは本当に気分悪かったんですって」
 一方はのんびりした口調で、でも腕の力は強いらしくじりじりともう一人を門の中へと引き込んでいく。なんだか、二人とも声に聞き覚えがあるような…
「じゃあ、もう治ったんでしょう!?休んでいく必要なんてないじゃないですか!?」
「野暮だなあ、先生」
 「先生」という言い方に覚えがあった。カカシ先生だ。じゃあもう一人はイルカ先生だろう。あれ、そういえばお店にいた時にイルカ先生の怒鳴り声を聞いたような聞かないような…
「いい加減、腹を括りなさいよ。子供じゃないんだから」
「こ、子供ってどういう意味ですか!?そういう問題じゃないでしょう?」
「さんざ思わせぶりな事しといて、そんなつもりじゃなかったなんて通用しないですよ、大人の世界では」
「でも…まだ…早いですよ…」
 イルカ先生の声がだんだん小さくなっていく。
 勘弁してくれよ…とキバ君が呟いたのが聞こえた。キバ君を見ると弱り切ったように顔を手で覆っている。今日はこの姿を何度も見ているような気がする。
「イルカ先生、いつもそれじゃないですか。早い、早いって、じゃあ一体いつになったら早くなくなるんですか?」
「う…」
「どうせいつかするんなら、今でもいいわけでしょう?」
 でも…とイルカ先生は俯いて、小さな声で言い返した。
「壊れてしまうかもしれないんですよ?」
 イルカ先生の言葉に私はどきっとして、体が強張るのを感じた。
「いつかはなんでも粉々です」
 カカシ先生が恐い事を言った。
「でも諦めきれないからこうしてるんでしょう?粉々になっても残るものはあると思っています」
 キバ君が私の袖を引っ張って促したので、私達は先生達に見つからないようにそっとその場を後にした。
 ああ、もう、なんか俺…全然、ついてねえ…こんなとこ見られたらどうすんだよ…とブツブツ悪態をつきながら、キバ君は足早に私の袖を引っ張って暗い一角を通り過ぎた。
「キバ君…」
「なんだ?」
「…キバ君は、さっきのイルカ先生とカカシ先生が言ってた事、どっちが…」
「どっちがどっちかなんて知らねーぞ!!」
「え?」
「いや、なんでもねー…」
「キバ君…」
「………」
「先生達でも、あんな風に迷ったりするんだね…」
「………」
「………ナルト君もサクラちゃんも、粉々になった中からサスケ君を捜したいんだよね…」
 夜の町は赤や黄色の灯りが遠く、ずっと遠くまで連なっていて底が見えない海の中のようだった。



 二人で黙々と歩いているうちに私の家の前まで来た。門を潜る前にキバ君はもう一回、私の顔を覗き込んで「はーってしてみ」と言ったので、私は口を開けて息を確認してもらった。
「よし、大丈夫だ」
 ほっとしたキバ君の顔に、本当に今日は色々心配を掛けてしまったんだと反省した。
 お茶くらい飲んでいってもらいたいけど、遅くなったから父上が怒っているかもしれない。キバ君まで叱られたら悪いと思って躊躇っていたら、キバ君はさっさと自分から家の門を潜って中に入ってしまった。
「こんばんはー、遅くなってすいません!ヒナタを送ってきました!」
 大きな声で中へと声を掛ける。
「キ、キバ君、いいよ!」
「いや、おまえが吊されないか確認してから帰る」
「つ、吊されないよ…!父上はそんな事しないよ!!」
 玄関でこそこそ話している私達の前に現れたのはネジ兄さんだった。
「ヒナタ様、こんな遅くまでどこ…うっ…」
 ネジ兄さんは言いかけた途中で鼻を押さえて絶句した。
「遅いよー」
と、奥から出てきたハナビも顔を顰めて鼻を摘んだ。
「姉上、臭い!!」
 一声叫んでハナビは奥へ逃げていった。実の妹のあまりの言いように衝撃を受けた。と、思ったらハナビが父上を引っ張ってきた。
「…………」
 父上は言葉もなく私とキバ君を眺めていた。
「ニンニクラーメン食ってたら、遅くなりました!」
 にかっと笑ってキバ君が言った。
 私はお酒は抜けたはずなのに、かーっと顔に血が集まって倒れてしまいそうになった。



 その後3日くらいはずっとニンニクの匂いが抜けなかった。
 同じ講義を受けた中忍の人達にはニンニク臭い子として印象に残ったんじゃないかと思う。




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