とととと、と小さな生き物が床板の上を走る音でイルカは目を覚ました。
枕元に投げ出した掌に白い二十日鼠がじゃれついている。
別行動を取っている中忍からの連絡だ。
イルカが体を起こすと同時に二十日鼠は煙とともに小さな紙切れに変わった。イルカは紙切れの内容を読むと火遁の火で紙切れを燃やした。
「銀杏屋で落ち合おうとのことです」
部屋の向こうに敷かれた布団の上で胡座をかいているガイに告げると、ガイは黙って頷いた。
慌ただしく身なりを整えイルカとガイは宿の部屋を出た。木で出来た階段を軋ませもせず駆け下りる。
別行動を取っていたもう一人の中忍はイルカより一つ年下だが小隊の中では最も信頼を置いていた男だ。一人、買い付けに来た商人を装い盗品マーケットを探り歩いていた彼から、以前の事件の犯行グループの居所を探し当てたという報告だった。
三年前に捕まった犯行グループは主犯格は隣国の土の国の人間だったため火の国から本国の警邏へ送検され、表向き茶葉の輸入販売の事業所として借りられていたアジトも引き払われた。だが向こうは火の国よりも刑期が短かいらしく、また舞い戻って同じような犯行を繰り返すのではないかと予想された。
別行動の中忍は似たような隣国の商品を取り扱う事務所を虱潰しにあたり、ようやく以前の事件と関わりのあった人間を見つけ出したのだ。
「今回は高級調味料詰め合わせの訪問販売のようです」
飛び込みで営業をして、住宅街の様子を探り忍び込みやすい家に目星をつける。身なりの整った営業マンなら誰も怪しいとは思わない。制服やそれに近い服装は人を安心させるものだ。忍びも忍服を身につけていれば誰もがそういう目でしか見ない。逆にそういった格好をしていない者が忍びだとは一般人はなかなか思わない。
「そういえば、あの家の厨房には高そうな調味料が揃っていましたよ」
医療忍とお昼をご馳走になった時のことを思い出してイルカは苦笑した。
「ここらあたりは急激に都市化が進んでいるから、犯罪発生率の増加に住民の警戒心が追いついていないんだろう」
ガイが言った。
発展を続ける都市には他国から様々な人々が流れ込んできている。だが街中から少し離れると昔ながらのお屋敷町や田園風景が広がっている。経済的に潤っている場所にはそういった呑気な人々の懐から富を掠め取ろうと色んな輩がやってくる。犯罪は手っ取り早く、分かりやすい手段の一つだ。
銀杏屋でイルカとガイは単独行動の中忍と落ち合った。奥の間の日差しを避けるよう張り出した土庇の下、先に着いていた部下が濡れ縁に腰掛けていた。商家の奉公人のような姿で傍らに風呂敷に包んだ荷物を置いて銀杏屋の主人と話していたが、こちらに気づくとさっと立ち上がりガイに丁寧に挨拶をした。式で連絡は取り合っていたが彼がガイに会うのは初めてだ。ガイは「ご苦労様だったな」と中忍の部下を労った。以前の任務でイルカも経験したが単独任務は精神的なプレッシャーが大きい。仲間と合流できて部下の中忍はほっとしたようだった。
グループの根城である事務所は街の中心から少し離れた建物にテナントで入っているという。
ガイとイルカ、そして銀杏屋が部屋の中に揃ったところで中忍は話し始めた。
「盗品を扱う外国客相手のギャラリーがあるようなんです。故買屋達はなかなか話そうとしないんですが、元からあったマーケットとは別に、新しく流通ルートが出来たらしくて闇市場も品薄の状況なんです」
声を潜めて彼は言った。どうやらこの街の実力者が盗品ビジネスに手を染めているらしいというのだ。街中の小さな店で売るよりもそのギャラリーに出した方が儲けがいいらしく、盗みの実行犯達は馴染みの故買屋よりもそのギャラリーに戦利品を持って行くらしい。
「よそ者が市場を荒らしていると故買屋達はもらしていました」
どおりで闇マーケットに餌を撒いても食いついてこないはずだと銀杏屋が唸る。自分の使役獣である二十日鼠を腕にまとわりつかせながら部下の中忍は更に収集した情報をガイとイルカに聞かせた。犯行グループの事務所は突き止めたがそこには盗品はないというのだ。
「ギャラリーに運び込んでいるんだな」
ではイルカ達の探している壷もそのギャラリーにある可能性が高い。
腕組みをした四人の頭上からキィ、と小さな鳴き声がして鳥の姿をした式が座敷に舞い込んだ。
宿に残った若い部下からだ。
ひらりと宙で身をよじり、鳥は紙切れに姿を変える。
「実行犯の男が女の家に現れたそうです」
イルカは手早く装備を改めると印を結び、以前、内定の時になりすました一味の男の姿に変化する。
「接触します。引き続き事務所の様子を探ってくれ。18時0分、全隊員ここへ集合。私が戻るまではガイ上忍が指揮をお願いします」
わかった、とガイが頷くのを見てイルカは銀杏屋を後にした。