夕暮れの空に墨を流したように闇が濃くなる頃、五人の木の葉忍びは店の奥座敷に姿を現した。
 一番最後にイルカと若い中忍が座敷へ入ってくると、ガイを含めた五人は初めて全員で顔を合わせた。
「どうだった?」
 すぐにガイが尋ねてくる。
「クロでした」
 イルカは若い中忍を伴って張り込みを続けていた男と接触した。昔の仲間の顔をしたイルカに最初は警戒していた男も次第に打ち解けて、昼間から近所の飯屋でビールを飲んで話し込んだ。
 何かいい儲け話はないかと振ってもなかなかギャラリーの話は聞き出せなかったが、イルカが一度故郷に帰ったが仕事もなく、幼なじみ達も皆、所帯を持ちまっとうに暮らしている中で居たたまれずにまたこの街へ出てきたのだと愚痴混じりに打ち明けると同情をかうことが出来た。
「俺たちなんて、誰も見向きもしてくれない。どうしてそんな風になってしまったんだと親に泣かれて嫌になった。どうしてこうなったのかなんて、俺にだって分からないさ」
 そう言ったイルカに男はぎゅっと唇を噛みしめて俯いた。
 イルカは他人の気持ちがよく分かる人間だといわれる。だからこそこんな科白がすらすら言える。他人の一番弱い部分、誰にも触れられたくないとひた隠しにしながら誰かに分かって貰いたいと思っている所に錐をねじ込む。鋭さと少しの甘さ、それで大概の人間は落ちる。
 おまえが優しい男だからだと三代目は言ったが、本当に優しい人間ならこんな事は出来ないだろう。
 男はイルカを犯行グループの事務所へ連れて行った。そこで再び盗品売買の仲間に加わえて欲しいと言って話を聞いた。
「それで、そのギャラリーはどこにあるか分かったのか?」
 ガイの質問にイルカはすっと座敷の外、空を指差した。
「あそこです」
 指の先の空には黒い塔がくっきりと立っていた。
「あれの持ち主が盗品売買の元締めです」



 この街のランドマークと言われている黒い塔は十年ほど前に建設された。電波塔としてこの街を中心とした周辺二十五里ほどの範囲にラジオ波や通信のための電波を送っている。先端部に取り付けられた風速計や温度計が天候予想に使われたりもしている。また地上一階から三階までのフロアはホテルとして観光客に人気だ。
 この塔が個人の所有物だということはあまり知られていないだろう。
「経営は半官半民といった所なんですが、建設したのは昔からこのあたりを治めていた豪族の末裔です。本家の長男がこの地方の郡司で次男があの塔の持ち主なんですが、その次男が博打でかなりの金を使い込んでいるようなんですよ」
「博打か」
 イルカと共に情報収集にあたった若い中忍が探り出した事柄を話した。
「元々は無茶な遊びはしない男だったらしいんですが、一年ほど前にこの街に『伝説のカモ』が現れたそうなんです」
 『伝説のカモ』。
 凄いのか凄くないのかなんだか分からない呼称だ。
「それで街中の博徒が色めき立ちまして賭博バブルが起きたようなんです。一部の博徒や遊び人以外の表世界で小金を稼いできたような連中も賭場に流れ込んできて、レートは日ごとに高くなり一時は街中金回りが良かったらしいんですが、まあ、バブルってのはいずれは弾けるものですから。上がるだけ上がったレートを残して『伝説のカモ』は街を去り、賭博の味を覚えて抜けられなくなった素人小金持ちが次のカモになったってわけです」
 それで博打で借財を作ったこの街の実力者が地回りやくざの言いなりになるかと思いきや、何故かそうはならなかった。
「どこからか金が湧いてくる泉でも持っているみたいに金を落としていくんだそうです」
 金を払ってくれるなら親分一家も文句がない。表面上はごくごく穏やかで豊かな街のままだ。だが、どこかに穴があるのは確かなのだ。
 その答えが外国の犯罪グループと手を組んでの盗品ビジネスだ。
 外国の犯罪グループは最初は自分たちだけで火の国から様々な物を掠め取ろうとする。だがそのうち国内の人間達の弱みにつけいって仲間にし、更に被害を拡大させてゆくのだ。
 なみなみと水を満たした瓶の底に小さな穴が開いている。そこから、イルカ達が探しているようなささやかな、だが値打ちがないわけでもないような物が少しずつ国外へ流れ出している。まだまだ水はたくさんあるから誰も気にも留めない。個人の利益を優先して外国へ資本を放出している事の重大さを荷担している火の国の人間達も自覚はしていないだろう。三年前の事件よりもやり口は巧妙になっている。こういう事は早い段階で食い止めないと厄介なことになる。はっきりと目減りした水を見て慌てだすようでは遅いのだ。
「その『伝説のカモ』は巨乳だったのか?」
「爆乳だったそうです」
 眉間に皺を刻んだガイに若い中忍は答えた。
「知っていたか?」
 ガイが横目で睨むと銀杏屋は黙って頷いた。すぐに姿を消されてしまいましたがね、と付け足した。
「あの方が絡むとどうも事がデカくなるなあ」
 珍しくガイが沈鬱な溜息を吐いてぼやくように言った。イルカや他の中忍には分からないがガイには心当たりがあるようだった。銀杏屋はすべて心得たようにこっくりと頷いただけだった。
 依頼主の屋敷に赴いた医療忍が、壷が盗まれたと思われる頃に嫁が訪問販売で調味料を買ったという証言をとった事でますます壷があの塔のギャラリーにあるという可能性は強くなる。
「とんだ無駄遣いだと姑にえらい怒られたそうです。その上、壷がなくなって姑がヒステリーを起こしたそうですからはっきりと覚えていると言いました」
 その話をしているうちにまた姑が怒り出して大変でした、と若い中忍とのじゃんけんに負けて依頼主の家に行くことになった医療忍はげんなりとした顔をする。
「今回も主犯格は土の国の人間、実行犯は火の国の人間か」
 火の国の北西部に位置するこの街から土の国は滝隠れ、草隠れ、雨隠れの里を挟んですぐそこにある。土の国には五影の一人、土影が統べる岩隠れの里があり火の国とは現在は友好的な関係にあるが、国境の近い街ではこういった犯罪グループの活動が問題になっている。
 そういえば、と若い中忍が気にかかった事があると言い出した。
「街の中で草忍がちらほら見られました。正規の忍服を着ていましたから公的な任務で来ているのかもしれませんが」
 一通りの報告がなされた後、銀杏屋を含んだ六人が顔をつき合わせて今後の作戦会議にはいる。
「一網打尽!」
 広げた塔の見取り図を前にガイが拳を突き上げた。
「いや、待って下さい。我々の任務はあくまでも壷を取り返すことですから」
 慌ててイルカが押しとどめる。犯行グループの壊滅や逮捕が目的なのではないし、そのために十分な人員も揃っていない。
「気がつかれないように壷だけ盗ってくるのが理想です」
 後のことは火の国の警邏に任せればいい。
 火の国やこの街から公的で正式な依頼ではなく、あくまで個人的な依頼任務なのだからイルカ達には令状もなければ捜査権もないのだ。犯行にこの地方の郡司の弟が関わっているのなら下手をすると内政干渉にもなりかねない。
「後のことは私が手配いたします」
 銀杏屋が請け負う。そう、後でこっそりと郡司よりも上の役人の耳に情報を入れればいい。ある意味、事件を起こす犯罪グループの存在は忍達の飯の種でもあるのだ。潰すなら上級役人に恩も売っておかなくては忍家業はやっていけない。
「その方が面倒くさいぞ」  ガイが不満そうに下唇を突き出す。暴れたいゾ☆と顔に書いてある。子供みたいな顔つきがちょっと可笑しい。
 やっぱりガイはこういう任務には向いていないようだ。
「客になりすまして買いつけに行くというのも考えましたが」
 イルカは犯行グループの事務所からくすねてきた商品リストを取り出した。盗まれた壷を作った陶工の名までリストをたどる。商品の写真は印刷が粗雑なためはっきりは見えないが白地に赤い絵付けの壷が確かにリストに載っている。
「二百万両!?」
「ちょっと手が出ないですね」
 銀杏屋がリストを取り上げてるしげしげ眺めて、ずいぶんぼったくっていると溜息をついた。
「今夜、塔に侵入して壷を取り返します」



姫と九尾は天災のようなもの。



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