藍色の夜空にくっきりと屹立する黒い塔は、近くで見ると思っていた以上に大きかった。黒々と光沢のある石を積み上げて建てられた円筒形の塔は昇るにしたがい細くなり、先端に組まれた櫓は星にまで届いていそうだ。ぼぼぼぼ…と上空で塔を突っ切り吹き抜ける風の音が地上まで聞こえてくる。木の葉にはこんなに高さのある建造物は存在しない。眺めていると魂が夜の空へと吸い上げられていくような気持ちになった。
 塔の入り口は三つある。正面エントランスは二階までの吹き抜けで、一階にはホテルのカフェとショッピングモール、観光案内所などが入っている。ホテルのロビーは二階だ。二つめの入り口は正面エントランスの脇にあるカフェの入り口で、三つ目の入り口は裏側にある通用口だ。
 どの入り口から入っても上階へ行くには一階の奥まったところにあるエレベーターか、中央の螺旋階段を昇らなくてはならない。
 ホテルの客室は四階までのフロアだが、その上にVIP用の部屋が用意されているという。そのフロアに盗品ギャラリーもあるらしい。
 二階のホテルのロビーまでは誰でも入ることができるが、人目につく。正面エントランス前には浪人の再就職組だろう、警備の男達が配備されている。侍は刀を抜かせると厄介だ。エレベーターもホテルの宿泊客が二十四時間利用するから避けた方が無難だ。
 塔の観覧時間が終わる夜の十時以降、夜景を見るために塔を昇る観光客達がいなくなり、ホテルの夜勤以外の従業員が帰ってしまってから、イルカ達は通用口から螺旋階段へ侵入した。
 塔の警備員達の詰め所の前を通る時に医療忍が幻術をかけ、出口を確保する。狭い廊下をイルカ、ガイ、以下三名の中忍が音もなく駆け抜けた。事前のブリーフィングで頭に叩き込んだ図面通りに塔の中央部へ向かう。塔の中心に脊髄のように基層部から真っ直ぐに先端の櫓まで続く鉄の二重螺旋はすべての階の非常口へ通じている。螺旋の中の吹き抜けを駆け上がれば目的の階はすぐだ。
 しかし、螺旋階段へ通じる扉の前へやって来た時に予測しなかった事態にぶち当たった。中に複数の気配がする。警備員くらいはいるだろうと思っていたが医療忍の幻術でやり過ごすつもりでいた。だが、中から漏れてくる気配はイルカ達には馴染みのある、そしてあまりお目にかかりたくない類の、他里の忍びの気配だった。
 今回は対忍の戦闘は想定されていない任務だったため、胸のホルダーに入っているのは簡易的な巻物ばかりだ。加えてこちらの隊員の内の二人は、実地で任務のやり方を教えてやってくれと預けられた経験の浅い若い中忍と医療忍だ。
 どうする。エレベーターへまわるか?
 だが、向こうも同じように警備されていることだろう。
 ガイへ目を向けるとハンドシグナルでイルカ達へ指示を出してきた。
 『ダイナミックエントリー』
 一瞬、イルカはたじろいだ。扉の中にいる忍達が敵かどうかはっきりしていないからだ。だが、敵だったとしたらぐずぐずしている暇はない。こちらの気配を悟られる前に奇襲を掛けて上階を目差すべきだろう。
 ベストの下に着用した忍服の襟を引き上げて口元を覆い、イルカは扉の脇に立った中忍に頷いた。中忍が素早く扉を開くと煙幕弾を中に放り込む。同時にイルカとガイが階段の踊り場に飛び込んだ。
 ガイの動きは円が基本だ。
 素早く旋回する足裁きを邪魔しないようにイルカも動きを合わせる。ぶん、とイルカの屈めた頭の上でガイの蹴りが炸裂する。イルカも円を描くように周囲の敵に足払いをかける。
 中にいた忍びは五人。
 大きく弧を描きながら、ぴたりと二人は背を合わせて回転するように攻撃を繰り出す。螺旋階段の中央の丸い空間に適した戦い方だ。ガイの早さについていけるのか不安はあったが、ガイが呼吸とチャクラを合わせてくれていることにイルカはすぐに気がついた。気持ちが良いくらいに体が動く。ガイが巧みにイルカの次の動作を誘導しているのだ。ガイがかわした敵の拳をイルカが掴む、二の足を踏んだ敵の腰めがけてガイの回し蹴りが叩き込まれる。突然の発煙で混乱した忍達の中に躍り込み、一瞬で三人を倒した。もう一人を若い中忍が裏拳で叩き伏せるのを視界の隅で確認しながらイルカは背中合わせでガイと階段の上がり口で動きを止めた。
 目の前に立ちふさがる男は見上げるような巨漢だった。額宛から草隠れの忍だと分かる。怯まずガイが地を蹴る。
「貴様ら、木の葉の…裏切ったのか!?」
 愕然とした男にガイが拳を叩き込む。
「すごい…。一瞬で三発…」
「いや、五発だ」
 若い中忍の言葉を医療忍が訂正するのが聞こえた。
 どっかの漫画みたいなこと言ってないでさっさと昇れ。
 まあ、一度は言ってみたい科白かもしれんが…。
 イルカが手で合図すると二人は階段の手摺りに飛び上がった。
 ちなみに更に連携でイルカが二発、蹴りと掌底を叩き込んだから七発だ。どんなに打たれ強い相手でもこれで沈まないわけがない。
 ぐらりと傾いだ巨漢の肩を踏み台にイルカも二階の手摺りへ飛び上がった。バックアタックに備え扉の位置で待機していた中忍が見張りに二十日鼠を放ち、追いつくのを待ってから更に上階へ飛んだ。
 目差すのは8階だ。
 若い中忍が各階ごとに敵がいないことを確かめて先頭を行く。イルカは先を行く三人を追って螺旋の中の空洞を次の階層目差して飛び上がった。何故ここに草隠れの忍がいたのだろう。そんな疑問にとらわれたせいだろうか、イルカは手摺りにかけようとした腕を暗がりから伸びてきた手に掴まれるまで階段に人がいることに気づけなかった。
 空中でぎくりとイルカの体が強張る。跳躍の途中でまったくの無防備な体勢だった。攻撃を仕掛けられたらひとたまりもない。本能的な恐怖心からじわっと汗が滲む。一秒もない、一刹那のことだ。
 その腕は手摺りの向こうから伸びてきて、イルカの腕を掴むと大きく揺れてぽぉん、とイルカを更に上の階へと放り投げた。ふわりと中へ放たれる浮遊感の中でイルカは黒い手甲に包まれた白い手を見下ろした。
 よく知っているチャクラの色。細くて長い指。
 まさか、と思う間もなくイルカは8階の踊り場に着地していた。



回りすぎです。



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