屋敷の裏庭の隅には夾竹桃が繁っている。夏になると赤い花を咲かせるその木に隠れて、彼女はいつも一人で泣いていた。火の国の南西部の田園地帯で育った彼女には、火の国有数の都市の、下級とはいえ貴族の家系である婚家は居心地のいい場所ではなかった。両親も親戚も皆、いい嫁ぎ先に恵まれてと喜んでいたけれど、初等教育さえまともに受けていない彼女が代々文官を務める家でどのように振る舞えばいいかなど教えてはくれなかった。
 数えで十七になったばかりの彼女には、都で学問を修めてきたという夫は堅苦しいばかりで、姑は厳しく恐ろしい存在だった。
 何一つ満足に出来ないと叱責を受けるたびに辛くなって、一人で裏庭に隠れていた。
 そうすると、奥座敷に隠居している舅が縁に出てきて言うのだ。
「うちの庭に来る雀はよくなくねえ」
 それから、「これこれ、出ておいで」と優しく言う。
 自分の書斎に招き入れて、干菓子だの饅頭だのを食わせてくれた。
 その舅がくれた壷なのだそうだ。
「梅の花の壷だから、おうめにあげようって、ここにね、名前を書いてくれたんですよ」
 翌日の朝、壷を届けたイルカ達に茶を振る舞い、依頼人は嬉しそうに色絵付けの壷を抱えて教えてくれた。


「いい話じゃないかー!!」
 卵焼きを頬張りながらガイがくーっと目尻を拭った。
「ほんと、人が変わったようでしたね」
 ずっと怒鳴られ役だった医療忍も目に浮かんだ涙を拭きふき、大きな湯飲みから茶を啜った。山葵がききすぎていたようだ。
 朝早くに依頼人の屋敷へ奪還した壷を届け、その足で五人は里への帰途についた。
 里の一つ手前の宿場でガイが「今夜は奢りだ!寿司を食うぞ!!」と宣言したので、四人の中忍はありがたくそれに従った。
 街道沿いの寿司屋の暖簾を潜り、カウンターに並んで座って、それぞれが好きな物を注文していく。随分、豪気な奢り方だ。さすが、上忍。イルカは最初はおとなしく烏賊を頼んだ。
「いつもこんな任務ばかりだといいんだがなあ」
 四人の部下達が美味そうに鮨をつまんでいる姿を見守りながらガイがしみじみ言った。
「こんなって?」
 最初から大トロとか頼みやがった若い中忍がきょとんとした顔をイルカの隣に座っているガイに向けた。そういう顔は若いと言うより、幼さが滲む。
「うむ。こうやってだな、お前達みたいな気のいい奴らと人様に喜んで貰えるような任務をすると気分がいい!」
 ガイが白い歯を見せてニカッと笑う。イルカ達もつられて笑いながら、上忍の口から出ると重い言葉だなと思った。
「え!?お子さんいるんですか!?」
 若い中忍の向こうで式使いと話していた医療忍が声を上げた。二人は手堅く、焼き穴子とこはだを頼んだ。この中で一番貧乏性なのはイルカらしい。
「なんだ、いつの間に結婚してたんだ?」
 イルカも何度か任務を共にした相手が結婚していたとは、更に子供までいたとは知らなかった。
「式は挙げてないんですよ。一緒に暮らしてて子供が出来たんで、籍だけ入れたんです」
「へえええ。渋いですねえ」
 医療忍がしきりと感心している。
「はは!式使いなのに、式は挙げないか!」
 しぱーん、とガイが膝を叩いたが誰も反応しなかった。
「いいなあ、俺も嫁さんとまでは言わないけど彼女欲しいですよ」
「医療忍ならもてるだろ。技能職だし」
 イルカの言葉に医療忍は、いやあ、と首を振る。
「合コンで連絡先交換してもそれっきりですもん。うみの中忍こそ、教師ってどうなんですか?」
「もてない」
 きっぱりと言い切ったイルカに他の四名はフォロー不能だ。
「もてるのはやっぱり上忍ですよね。ねえ、ガイ上忍?」
 若い中忍が無邪気に訊く。
「ははは!」
 ガイは笑って答えなかった。どんなに強くてもやっぱり緑色のジャージではダメなのだろうか。むしろガイは男に惚れ込まれるタイプか。今回、一緒に任務にあたってよく分かった。
「ガイ上忍はイイ男ですよ!俺が女だったら−−…」
 言いかけて、イルカは口籠もった。
 自分がもし女に生まれていても、やっぱりカカシがいい。
「なんだ、その半端なフォローは!?」
 ガイの追求を有耶無耶にしてイルカは眉を八の字にした。
「なんだ、その微妙な顔はぁーー!??」
 だって、ガイはカカシに好かれているではないか。誕生日に約束までして。きっと拳で愛を語り合うのだろう。カカシとガイならば同じ次元でやり合う事が出来る。手加減なく、容赦なく、叩き込む拳に感情を載せ、そんな風にカカシは人を想うのだろう。
 馬鹿な人だな。
 そんなところがカカシにはある。
 戦いの中での行動原理しか知らないみたいなのだ。イルカと一緒にいる日常の中で、時折身動きが取れずに呆然としている事がある。なんのために、という明瞭な指標がないただの感情的な行為をよしと出来ないみたいなのだ。そうとは悟らせないようにしているみたいだけれど、イルカにはなんとなく分かってしまう。そういう人が子供達に不器用に愛情を注ごうとしている姿が好きだった。上忍師という職務を与えられて、やっと安心して彼らに接することが出来るみたいだった。
 そんな人、抱きしめてめちゃめちゃに可愛がってやりたくなるに決まってるじゃないか。
 だがそういうのはカカシには合わないのかもしれない。
 同じレベルで、同じ行動原理で、同じ理想を抱いて生きていける相手じゃないとだめなのかもしれない。
 サスケが、イルカよりもカカシと相性が良かったように。
 ガイならばカカシと同等に渡り合いながら、カカシの足りない物を補っていくことが出来るんじゃないだろうか。イルカがカカシにあげられるのは末川屋の佃煮三種詰め合わせくらいだ。
「やっぱり、上忍と中忍がつき合うのって難しいんでしょうね」
 眉尻を下げたまま言ったイルカに、ガイは驚いた顔をしたが
「そんなことはないさ」
と真面目な顔つきで答えた。
「上忍同士でも、中忍同士でも難しいのは変わらん」
 そうじゃないか?とガイに顔を覗き込まれてイルカは言葉を飲んだ。
「大事なのはハートだ!階級なんぞ関係ない!二百万両の壷より一両の壷がいいって人間もいるんだぞ」
 バン、と自分の胸を叩いてガイが言う。
「ガイ上忍と話しているとなんだか勇気が湧いてきますね」
 若い上忍が笑う。
「俺も頑張って夕日上忍にアタックしようかな〜」
「あー、それはムリムリ」
 すかさず医療忍が水を差す。
「よし、次の注文だ!大将、卵焼き!」
「ガイ上忍、卵焼きが好きなんですか?」
「うん?俺が好きなのはカレーだ!」
 微妙に噛み合っていないような気が…。
「ほら、お前達もどんどん頼め!」
 ガイに促されて中忍四人も次のネタを選んだ。
「雲丹!」
「えんがわ」
「はまち」
「ネギトロ」
 やっぱりイルカが一番貧乏性だった。



小休止。




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