身を捩り、腕を取り返そうとしたがカカシの手は離れなかった。
ドア、窓−−−他に逃げ場はない。素早く部屋の中を見回して考える。
「そんな必死な顔して、逃げ道を考え中?」
にこやかな顔のままカカシが動いた。イルカは後退ろうとして軽く膝下を払われた。一瞬、重力を感じなくなる。ひやっと頭の血管が縮む。抗う隙も与えずに腰を取られ、背中に腕を捻り上げられてベッドに上半身を伏せるように押さえつけられた。ベッドの上掛けに頬が擦れる。本能的な恐怖から息が上がる。
この男が本気になったら自分などどうにでも出来る。
忘れていたわけではないのに、もうあんな事はされないだろうと信じ込んでいた。恋人として一緒にいる内に、そんな警戒心は剥ぎ取られて恋情ばかりを植えつけられた。こんな男を手懐けられるなんて本気で思っていたのか、自分は。
「そんなに怯えなくてもいいでしょ。俺はあなたに傷一つ負わせませんよ」
床に着いた両膝の間に片足を割り込ませ、カカシが覆い被さってイルカの耳に囁いた。抵抗が出来ないように足を大きく開かれて這い蹲わされる。リノリウムの床は冷たくてジャリッとズボンの布地が擦れた。イルカの体の下で縮こまっているもう一方の腕をカカシが掴み上げる。両手の自由を奪われたらお終いだ。イルカは藻掻いたが大した抵抗にはならなかった。
「動かないで。肩外れますよ」
淡々とした口調でカカシが言う。
カカシはイルカの両腕を一纏めにして頭上に伸ばしベッドに押さえつけた。片手で押さえ込みながら袖口を伸ばして掌の中程までを覆ってしまう。何をされるのかとイルカは苦しい姿勢で首を伸ばして固定された自分の両手を見つめた。背後から何かをごそごそと探る音が聞こえる。視界に入ってきたカカシの手には束ねて輪にした透明な糸が握られていた。トラップを仕掛けたり、目標を捕縛するために使うテグスだ。
「やめろ!」
イルカは両腕を取られたまま暴れた。
「じっとして」
パチッとカカシの掌から青い光が踊る。握られた手首に自分のものでないチャクラが流れ込んでくる。腕が熱く痺れた。何をされたわけでもないのにイルカは動けなくなった。恐れのためかもしれない。
テグスの一端を銜えてカカシが器用に服地の上からイルカの両腕をテグスで固定した。手首から掌、最後に両親指を揃えて縛られた。縄抜けはおろか印も結べない。
絶望的な気持ちでイルカは自分の手を見上げた。まるで捕虜か動物のようだ。カカシには一切の迷いがない。
背中から上着をたくし上げてそのまま脱がされた。襟口から頭を抜く時に、髪を縛っていた紐が引っかかって緩んでほつれた髪がイルカの頬にかかる。その紐も取り去られる。
縛られた腕に蟠った上着はそのままに、カカシの手がズボンのバックルにかかった。
「やめてください…」
声が震えた。イルカの腰に腕を回して、カカシが剥き出しになった背中に頬をつけた。
「ドキドキしてる。怖い?」
さら、と髪の感触が背中を擽った。
怖い。
まるで物のように扱われるのが怖い。言葉の通じない相手のように振る舞われるのが悲しい。
イルカも忍びとして、いつこういう状況に陥ってもおかしくはないと覚悟はしている。だが、同里の、他の誰でもないカカシにこんな風に扱われるのは耐え難かった。他の誰よりこの男がイルカを傷つける。
「やめてください」
もう一度、イルカは細く声を吐き出した。
「困ったね」
そう言ってカカシはイルカの腕を放し、身を起こして溜息をついた。
「もう、俺に触られるのは嫌?」
カカシの手がイルカの解かれた髪を掬い上げた。ひどく優しい手つきで髪を掻き混ぜられる。
「どうしたら、あなたは俺のものになってくれるのかなあ」