途方に暮れた声が落ちてきてイルカは意外に感じた。カカシがどんな顔をしているのか見ようと首をねじ曲げたが、顔にかかった髪が邪魔になって見えない。
 だがイルカにはその表情が分かるような気がした。何故なら以前も見たからだ。
 初めてカカシと体を重ねた時、イルカの家で一緒に杯を傾けていたら急に押し倒されて、「俺を中に入れてください」と熱っぽく懇願されて、何がなんだか分からないままカカシが中に入ってきた。痛かったし熱くて熱くて、なのに自分の足の間に割り込んだ男はイルカをしっかり抱きしめて離さず、ぴったりと身を寄せて声もなく揺すり上げられて、カカシがイルカの中に放った直後に思いがけずにイルカも達した。
 −−−なんだ、これ?
 自分の中でカカシがびくびくと震えるのを感じながらイルカは呆然とカカシを見上げていた。カカシは息を乱して、やはりイルカを見下ろしていた。白い頬に血の色がさして、初めて行為を終えた少年のような初々しい表情だった。青い目が潤んでぽうっとイルカを見つめていた。その顔を見ていたら何も言えなくなってしまって、イルカは黙ってくたりと体から力を抜いた。
 ぐったりと床に寝そべるイルカを見ているうちに、カカシの顔は曇って、悲嘆に暮れる子供みたいな顔になった。震える手がそっとイルカの額に触れて、くしゃりと髪を掻き回した。
 今みたいに。
 カカシが豹変したのはその後だ。
 熱っぽい光を浮かべた目が急に冷えて、ひたりとイルカを見据えた。行動を遂行するためのスイッチが入ったように視線に揺るぎがなくなり、イルカを目的の対象物として的確に扱った。
 この人は−−−−。
 そろ、と髪に触れていたカカシの指が首筋を伝って背中に下りた。イルカの背中にある大きな傷にぴたりと熱い掌が押し当てられる。労るようなその手にふと力が抜けた。
 今なら話を聞いてくれるだろうか。
 背中を押さえられて振り返ることは出来ない。カカシは今、どんな顔をしているのだろう。
 片手をイルカの背に当てたままカカシが動いた。ぎゅ、と音がしてイルカの視界に黒い手甲が片方落ちてきた。イルカの背中に当てられた手が変わって、もう片方の手甲も落ちてくる。
 背中を押さえつける手に力がこもる。カカシの右手がズボンの前立てに掛けられて、イルカははっと身を固くした。
「カカシ先生!」
「痛いことはしないから」
「いやだ!」
 こんな風にされるのは嫌だ。あの時は許してた。なんでこんな事されるんだと訳が分からなかったけれど、カカシが痛いほどイルカを求めているのが分かったからだ。でも今はカカシの気持ちが自分にないことを知っている。イルカにも心がある。それを無視して誰かの代わりにされるのは許せない。
 いやだ、いやだ、と首を振るイルカにカカシの手が緩む。
「ガイの方が良くなった?」
 弱々しく落とされた言葉にイルカの中でブツンと何かが切れた。
「何言ってやがる!!」
「ガイはいい男だったでしょう?」
 イルカは黙ってベッドの上掛けに顔を埋めた。ガイはいい男だ。だけどカカシの口からガイを称える言葉は聞かされたくない。自分がガイに近づくのが許せないのか。そんな嫉妬をぶつけられるのは理不尽じゃないか。
「それともガイの真っ当さに気持ちが揺れましたか?」
「それはあんたの方だろうが!」
 布団に顔を突っ伏してイルカはくぐもった声を上げた。
「あんたはガイ先生が好きなんだろう!なのになんで俺とこんなことするんだ!?俺はあんたの玩具じゃない!」
 自分で言って泣きたくなった。
「馬鹿野郎!浮気者!サド!!二股野郎!!」
 ぐっと背中に置かれた手に体重を載せられてイルカは息を詰めた。



中忍の抵抗。




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