急に倒れてきたカカシにイルカは驚いた。今日、任務から帰還したはずだ。チャクラ切れかもしれない。さっきあんなにバチバチ火花が飛んでいたのだから結構、チャクラを消費したんじゃないだろうか。
 え、でも、俺、縛られてるのに!?
 助けを呼ぶにしても、この格好はあんまりだ。焦って涙はひっこんでしまった。
「カカシさん、カカシさん!」
 切羽詰まって呼ぶと、腰に回されたカカシの腕にぎゅっと力が込められた。暫く、じっとイルカの髪に顔を埋めていたカカシが、はー、と溜息をついてイルカの耳に口をつけた。
「俺が約束してたのは七班の三人です」
 耳殻に吹き込まれた言葉にイルカは、え!?と固まった。
「だって…本命って…」
「本命ですよ。里から預かった大事な部下です。今は他の何よりも優先しなきゃならない。そうでしょう?」
 確かに、カカシ先生の仰るとおりです。
 カカシは、もう一度深い溜息をついた。
「一体、何をどうしたら俺がガイを好きだとか思えるんですか?」
「ア、アスマさんが…俺とガイ先生は似ているから、カカシの好みなんだろうって…」
 くそ、アスマめ…、カカシが小さく毒づくのを聞いてイルカは慌てて口を噤んだ。
「はー、ホント、勘弁して下さいよ。別れるとか、俺、卒倒するかと思いました」  カカシはがしがしと頭を掻きながら体を起こした。イルカは上半身をベッドに預けたまま暫く、ぽかんとしていた。
「約束してたのってナルト達だったんですか?」
「豪勢に寿司奢ってくれましたよ。誕生日だからって」
 一度聞いたことを繰り返して尋ねるイルカにカカシは言い聞かせるように答えた。
「寿司…」
 ああ、そうか。それでお金がないって…。
「よいしょ」
「わ!」
 カカシがベッドの傍らに蹲ったままのイルカを抱き上げた。ごろりとベッドの上に転がされる。起きあがろうと藻掻いた腿をカカシが跨いで馬乗りになる。
「あの、腕解いてください」
 テグスで括られたままの手を差し出して頼むがカカシは首を振った。
「まだ訊きたいことがあります」
 カカシに見下ろされてイルカは居心地悪さに身を捩った。腕と足には脱がされかけた衣服が絡まったままで、上半身と腿までを剥き出しにカカシの視線に晒している。おまけに先ほどいいように煽られたイルカの前は立ち上がったまま、先端から溢れた露でてらてら光っているのだ。
 改めて自分の姿を考えてイルカはいたたまれなさに身を縮めた。前を隠すように腕で覆うが、その手もカカシに掴み上げられてしまう。
 カカシの視線を感じて、さっとイルカの喉から下腹までが赤く染まった。カカシが目を細めた。
「可愛いね、あなたは」
 揶揄する口調にかーっと頭に血が上る。
「解いて下さい!もうこんなことする必要ないじゃないですか!」
「だめですよ。あなた何言い出すか分からないもの。俺はあなたが宿舎の前にいるの見つけた時、すごく嬉しかったのに、いきなり別れるとか浮気者とかサドとか言い出すし…」
 うう、とイルカは唸った。確かに勘違いで罵ったのは悪かった。でも誤解するような言動をとったカカシにもまったく責任がないわけなじゃない。…それに実際サドじゃないか?
「好きならいいんですよね?」
 言質をとったとばかりにカカシがイルカの胸に手を這わせた。胸板を撫でて鎖骨を辿り、首筋から耳朶へ。柔らかい手つきでイルカの肌を確かめるように触れてくる。とても大切なものを扱うような手つきにイルカは胸が苦しくなった。
「正直、俺は少々怒っています。アスマとの会話を聞いていたなら、どうして晩に尋ねていった時に俺に確認しなかったんですか?」
 イルカは黙って顔を逸らした。
「答えて」
「いっ…!」
 突然、カカシの指にぎゅっと乳首を押しつぶされた。吃驚して声が出てしまった。やっぱりサドだ。イルカは涙目になってカカシを見上げた。
「−−−任務前に気を散らしたくなかったし…」
 それに怖かったのだ。
 もしもカカシにその通りだと言われたらどうしたらいい。
「俺って信用されてませんねえ」
 カカシがぼやくように言う。
「それで、俺がいない間に別れる算段を立ててたってわけですか」
 ひどいなあ、と眉尻を下げてカカシはイルカの胸に顔を擦りつけた。さらさらと銀色の髪がイルカの肌を擽った。
「…あなた、言えないじゃないですか。好きだって。だからガイ先生にも何も言えないでいるんだろうなって思って…、だったら−−−」
 イルカは括られた腕で両目を覆った。
「俺から別れて、ちゃんとガイ先生に好きですって、伝えないとだめですよって…俺は、カカシさんにちゃんと幸せになって貰いたいと思ったから…」
 カカシの家に来るまでの悲痛な覚悟を思い出して、イルカは鼻の奥がつんとした。
 カカシの欲しがっていた佃煮の詰め合わせとお握りを渡したら、ちゃんと好きな人には好きって言わないとだめなんですよ、と言うつもりだった。それが本当のカカシへの誕生日プレゼントだと思ったんだ。
「ごめんね」
 カカシの唇が慰撫するようにイルカの肌を辿った。ちゅっ、ちゅっと吸いつき跡を残しながら下腹へと移動する。
「カカシさん、」
 戸惑い、拘束された手でイルカはカカシの頭を押さえた。カカシは構わず、イルカの見守る先で立ち上がり物欲しげに濡れているイルカのものに口をつけた。
「…ふっ!」
 丹念に口づけ、舌で形を辿る。声が漏れそうになってイルカは縛られたままの手で口を塞いだ。
「声、出してもいいのに」
「嫌です」
 頑なに首を振るイルカにカカシは顔を上げて笑った。
「イルカ先生の家よりここは壁が厚いから大丈夫ですよ。もっと早く来たらよかったのに」
「な…っ、そんなこと考えて…!?」
 遊びにおいでと言ったのはそういう意味か!
「そんなことばっかり考えてますよ。イルカ先生をどこか俺しか知らない場所に隠しちゃいたいなあとか、二人だけで他の事なんて考えなくていい場所へ行ってしまいたいなあとか」
 イルカを見上げながらカカシは切なそうに目を眇めた。
「好きですよ」
「−−−!」
 思いがけず聞いた告白の言葉に触れられもせずにイルカは達した。カカシの白い頬から顎へ飛び散った白濁が伝うのをイルカは呆然と見守った。
「あ、」
 カカシも驚いたように自分の頬を手で拭って指に粘ついたものを見ている。イルカは真っ赤になった。カカシは暫く、きょとんとしていたが指についたものをぺろりと舐めて言った。
「ん、濃いね。やっぱり十日ぶりだ」
 イルカは恥ずかしさのあまり気を失ってしまいたいと思った。
 そんなイルカを哀れに思ったのか、それとも気が済んだのかカカシはポーチからとりだした小刀でぷつん、とイルカの手に巻かれたテグスを切った。糸はばらけてイルカの手が自由になる。カカシがイルカを抱き起こして膝に載せた。イルカは腕に絡まったままの上着を着ようか、脱ごうか迷っているとカカシの手がそれを取り去った。
 膝の上でぎゅっと抱きしめられた。イルカの全身からほっと力が抜けた。痺れた腕を持ち上げてカカシの首に回す。  十日ぶりにやっとイルカはカカシのことを抱きしめることが出来た。



やっと仲直り。




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