子供達はどんどん成長していく。
よかったなあと思うのに、なんだか寂しい。
置いてきぼりにされたような気分だ。自分が用無しになってしまったような気がしてたまらない。
そんな馬鹿な。自分にはやるべき仕事も、担当のクラスの生徒達もいるじゃないか。三代目のために働くことが子供の頃からの望みだったじゃないか。
失恋しただけだ。
カカシに必要とされないことが、自分に価値がないことではないはずだ。
分かっているのに堪える。
ああ、二人を一楽にでも誘えばよかったかな。でも、きっとヒタキが夕飯くらい奢ってくれるだろう。自分や担当上忍師以外の大人と接することも大切だ。
俺も、か。
このところカカシのことばかり考えていた。昨日、同僚に言われたとおり友人達と出かけたり飲みに行くことも減っていた。昔はそうではなかったのに。良くも悪くも特定の人間を作るというのはそういうことだ。今まで何人か、女性とつきあったこともあるのだけれどイルカにはずっとそれが飲み込めなかった気がする。他の友人達と同じ扱いしか出来なかった。どうしても自分の領域に他人を踏み込ませることに躊躇があった。どうしてカカシならよかったのだろう。
とぼとぼ歩いていると後ろからシュッシュッと風を切る音が聞こえてきた。暗い住宅街の路地に不似合いな忙しい足音が響く。と、思ったら一瞬でイルカの目の前に汗できらきらした眩しい笑顔が立っていた。
「よーーう!イルカ!」
演武の途中のようにしゅたっと華麗なポージングで声を掛けてきたのはマイト・ガイだった。
「あー、ガイ先生」
イルカは思わず頭の中が真っ白になって呆けた返事をしてしまった。
うわ、俺、絶対上忍には敵わない。
眩しさに目を眇ながらイルカはもう一度きちんと一礼した。
「こんばんは、ガイ先生」
「今、帰りか?」
「はい」
ガイはいつものタイトなトレーニングスーツ姿だが妙に背が高かった。いつもより高い目線を不思議に思って足下へ目をやるとサンダルが厚底だった。
「その靴は?」
「これか」
フンッ、とガイが足を蹴り上げた。目にもとまらぬ高速の動きを得意とするガイだがいつもよりも蹴りのスピードが遅いような気がした。妙に重そうな動きだ。
「これは特注のトレーニングシューズだ」
イルカの目の高さまで足を上げたままガイが言った。
「ああ…!」
目の前の靴底をしげしげ眺めると底には鉄板が打ち付けてあった。
「すごい!」
よくガイが木の葉の里中を走っている姿を見かけるが、こんなに汗だくになっているのは見たことがない。
「どうしたんですか、何か特別な任務でも…」
「いや!任務ではないんだがな。もうじき恒例のバースデイファイトなんだ!」
バースデイファイト?
「ガイ先生の誕生日ももうすぐなんですか?」
「俺じゃなくて、俺の永遠のライヴァル、はたけカカシの誕生日がもうじきなんだ!」
Vの発音に力を込めたガイの言葉に、えう、とイルカは妙な声をあげてしまった。そうだ、あまりつるんでいる姿は見たことがないがカカシとガイは仲が良い?のだった。
「今年はカカシ先生は任務に出ているそうですが」
「うむ、だがカカシは一度した約束は違えない男だ。きっと決闘の刻限までには帰ってくるだろう」
自信満々で断言するガイにイルカは頭蓋骨の中で脳味噌がでんぐり返るような錯覚に陥った。
約束したって、カカシさんが?自分の誕生日に?
俺とはなんの約束もしないでほったらかしなのに、ガイ先生とは約束してたんだ?
ていうか、カカシさんはなんと言っていたっけ?
−−−夕方帰ってきて、夜は約束があるからその日はイルカ先生には会いにいけないな
そう言ったのだ、カカシは。それから、
−−−いいよ。俺、今のところ本命は別にいるから
更に昨日、アスマに言われた言葉が頭を巡った。
−−−まあな、案外カカシは元々あんたみたいなタイプが好きなのかもしれないな。ガイのことも結構意識しているみたいだし
−−−ガイのことも結構意識しているみたいだし
ぐわん、と世界が揺らぐ。
え?カカシさんの本命ってガイ先生?
イルカは呆然として目前に立つ汗に滴った熱くてきらきらした男を見つめた。
この男が自分の恋敵なのか?
木の葉の蒼き野獣、マイト・ガイ、その人が。
忍びとしてカカシと同等の位置に立てる男はこの男くらいだろう。腕も人柄も個性も眉毛の濃さも、これほど際だった人物は木の葉中探してもこの男の他にはいまい。
カカシといえども簡単には手出しできぬほどの男。
ああ、それで。
言い出せなかったのかなあ、カカシさん。
急に黙り込んでじっと自分を見つめるイルカに訳が分からないままにガイは二カッと笑った。
眩しい。
カカシさんは俺が笑ってるのがいいって言ってたなあ。
俺って、ガイ先生に似ていたのかな。
イルカは痛ましげにぎゅっと眉を寄せた。
「イルカ?どうした?」
イルカは目を伏せ、一礼すると「すみません、腹の具合が悪くって」と言ってその場から走り去った。
「腹下しには成露丸だぞー!」
後ろからガイの声が叫んでいた。親切な人だ。涙が出そうだ。