依頼人の家に状況報告のために赴くと海鼠塀の向こうからキンキンと女の声が響いてきた。往来にまで響き渡っているその声はこの邸の女主人のものだ。
 またやっている。
 癇性な雇い主はイルカとその部下がいる時には自分達を、いない時には若い息子の嫁に怒鳴り散らしている。彼女の夫であった先代当主は数年前に他界し、今はおっとりした息子が跡を継いでいるというがこの邸の実権を握っているのは彼の母親らしい。
「まだなんの連絡もないの?!もう盗まれてから一週間も経っているのよ!」
 邸に一人残してきた医療忍が噛みつかれている。
 あー、可哀想なことしたなあ。
 出入りの業者を装った格好で裏門から庭へ入ると医療忍が外に立たされたまま座敷の中から女主人に詰問されているところだった。里の外では忍というのは身分が低いものと看做されるのでこういう扱いは当然と言えば当然なのだが、どうもこの女主人は必要以上に身分の違いを強調するようなやり方をするので部下達には評判が悪い。
「ただいま戻りました」
 イルカは一礼して女主人の視界に入った。
 じろりと向ける眼に険がある。
「何か分かった事はあるんですか!?」
「まだ動きはありません」
 イルカの言葉にすぅ、と女主人が息を吸い込む。繰り出される繰り言に備えてイルカは腹に力を込めた。
「なんのためにあなた方を雇ったと思ってるの!」
 びいぃん、と鼓膜が引きつるくらいに甲高い声で怒鳴られた。若い医療忍が隣でびくりと身を竦めた。そんな大声で喚いたら忍びを雇ったことが外部に漏れてしまうではないか。なんのために自分達が忍び装束ではなく一般人のなりで邸に出入りしているのだか、まったく意味がない。どうもこの奥方は忍びを雇っていることを何かのステイタスだと思っているような節があってわざわざ言い立てたがっているような気がする。
「あなた達じゃ役に立たないわ!上忍を寄越してちょうだい!!」
 そして木の葉が中忍に依頼を任せたことが気に入らないらしい。
「木の葉は事の重要性が分かっていないのよ。あの壷にどれだけの価値があるか−−−ああ、こんな事になって亡くなった大旦那様に合わせる顔がないわ!!」
 それは最初にここへ着いた早々に聞かされた。同じ繰り言を何度も何度も喚き散らされてうんざりする。盗まれたものがどんなに高価な物だろうと犯人が一般人のこそ泥であればCランク任務はCランク任務で、忍びや武芸者が犯人側についているとか、盗まれた物品が政治的な目的で利用されない限り−−−あまりにも高額な美術品は人質のように扱われることもある−−−上忍は派遣されない。それも何度も説明したけれど聞く耳は持っていないようだ。依頼人がヒステリックになればなるほど部下達のモチベーションは下がるし何も良いことはないのだがどうしてそれが分からないのだろう。
 屋外に立ちっぱなしで依頼人の気が済むまで文句を言われて解放された時にはなんだか疲れ切ってしまっていた。鬱憤晴らしのサンドバック代わりに雇われたんじゃないかという気さえしてくる。イルカは依頼受付所でクレーマーには慣れているが同行の部下達は「実働以外のことでこんなに気疲れさせられちゃたまらない」と不満が募っているようだ。
 まあ、今回の依頼人はハズレだったと思うほかない。
「ご苦労さん。午後からは聞き込みに出てくれ」
 重いため息を吐く医療忍に声を掛けるとうるうるとした目を向けられた。相当、参ったらしい。
「あの、」
 早々に邸を辞そうとしたところで縁の向こうから小さく声を掛ける者がいる。振り返るとこの家の若い嫁が控えめに座していた。
「よろしかったらあちらへ。お昼をご用意いたしましたので」
 イルカはすませてきたが医療忍の彼は昼飯もまだのはずだ。勧められるまま厨へ回った。
 下働きの者達が食事をする厨と一続きの板敷きの間へ案内されて簡単な昼飯をご馳走になった。焼いた小魚と汁物に白菜の漬け物。イルカはお茶だけをいただいた。
「お気を悪くされないで下さいね。お義母様はいつもあんな風なんですよ」
 育ちの良さそうな嫁は困ったように頬に手を当てて眉尻を下げた。美人と言うほどでもないが感じの良い女だ。忍びの者にも色々と気を回してくれるので部下達も好意的だ。依頼人の姑は家柄の良さを笠に着ている風にも関わらずどこか下品なのに対して、嫁の方は本物の良家のお嬢様といった風情がある。多分、あの姑は元々はどこかの田舎の素封家か名主あたりの娘なんだろう。そのへんに依頼人の癇性の原因があるような気がイルカは薄々している。
「そんなに値打ちのある物だとは思っていなかったんですよねえ」
 盗まれた壷はいつも縁のある奥の間に飾られていたそうだ。人気のない時を見計らえば昼間でも侵入できる。今は書斎代わりになっているが元々は現在の当主の祖父の隠居部屋だったらしい。いつもそこにあったから誰もあまり気に掛けてはいなかった。ただ、姑だけは大切にしていたようだ。
「赤いお花の壷がないって、お義母様が言い出さなかったら誰も気がつかなかったくらいで」
 さすが金持ちは鷹揚に出来ている。姑が忍びを雇うとまで言い出した時は本当に驚いたと若い嫁は言った。


「なんか、調子狂いますよねえ」
 邸を出ると医療忍が小声でぼやいた。
「探して欲しいんだかどうでもいいんだか」
「依頼人はあの姑なんだから必死こいて探すのが俺達の役目だよ。盗難事件に代わりはないしな。ほら、しゃきっとする!」
 医療忍の背中をぱんっと叩いて聞き込みに向かわせ、イルカは別方向、街の中心近くにある一軒の商家へ向かった。
 外国から取り集めた荒物から小間物までを扱う店には新し物好きの若い女や土産を見繕う旅行者などが屯っている。イルカは小振りのトランクをぶら下げて商品の営業に来た業者のような顔で奥に通された。
 この店は火の国の主要都市に置かれた木の葉の拠点の一つだ。表向きは輸入雑貨を取り扱っているが同時に商人達から周辺諸国の情勢や情報を仕入れては木の葉へ送っている。
「や、どうもこれはお久しぶりです」
 腰の低い店の主人はすっかり商人が板についているが歴とした中忍だ。草としてこの街に住み着いたのは二十数年も前のことだと言うから年期が入っている。
「お久しぶりでございます」
 イルカも深々と腰を折った。
「ご注文の品はいまだ手配中でございます」
 茶を出されて使用人が奥へ引っ込むとひそりと声を潜めて主人が言った。イルカはここの主人に頼み事をしておいたのだ。
「そうですか。ちょっとあざとかったですかね」
 盗まれた壷と同じ陶工の焼き物を大名への献上品として非公式に探しているという話を商人仲間に流して貰っているのだがまだ誰も食いついてくる者はないという。
「盗まれて大して日にちも経っていませんからまだまだ。現金と違って美術品や骨董は金に換えないと意味がないですからね。犯人は必ず買い手を探しているはずですよ」
 ブラックマーケットにも繋がりを持っている店の主人は故買屋達にも顔が利く。盗まれた物を取り返すのに金を払うのは釈然とはしないが、金で解決できるならそれでも構わないと依頼人は言っている。
「ただ、どうも盗まれた壷はあまり高価な物ではないようですから、こちらの市場に流れてくるかは分かりませんねえ」
 同じ陶工の名でも有名なのは父親の方で、盗まれた壷は息子の作らしい。
 あまり価値の高くない美術品、骨董品は小規模なオークションや地元の蚤の市など、目立たない市場で安く売られている事が多い。いま一人の部下にバッタ屋や故買商が軒を連ねる一帯を回らせているが今のところ空振りだ。犯人が全く別の人物である可能性も考えて聞き込みも強化しているが、まだ手掛かりになるような証言も出ていない。
 地道に探すしかないのだ。
「以前、いらしたのがついこの間の事のように思われます。うみの殿の変化は見事でした」
「恐縮です。こちらはお変わりないようで」
「そうですね。地回りの者も変わり映えしません。親分もまだ健在です。安定していますよ」
 この男がこの街へやって来たのは今のイルカよりも更に若い頃だ。九尾の事件の前後も彼はここで木の葉へと国内外の情報を送り続けていた。激動の時代を乗り越えてきた彼には壷一つで大騒ぎしている今は本当に平和に感じられるだろう。
 三年前の事件では犯人グループはこの街の窃盗常習者に盗みを働かせては盗品を持って国外の顧客へ売りさばいていた。国境を跨いで火の国で荒稼ぎしては隣国へ逃げていく。イルカ達小隊は狙われそうな家に張り込んで実行犯を確定してから犯人グループに近づいた。グループの一人を拉致って術をかけて街から姿を消させて、その男に成り代わってイルカが内偵をした。そして犯行グループから抜き取れるだけ情報を抜き取って盗品を押さえて街の警邏隊に引き渡した。あの任務でイルカの任務報酬格付けは一ランク上がった。備考欄の得意な術に「変化の術」と書き加えられるようにもなった。
 前回はかなり値打ちのある美術品や骨董品が盗まれて国外へ流出したが、今回盗まれた物は目が飛び出るほど高いといった類の物ではない。だが常習性の窃盗癖のある犯人のような気はしている。犯行が連続すればボロも出やすくなるのだが、さて、今回も盗みは続くのだろうか。
 もうあまり意味はないのだけれど15日には里に帰っていたいなあと思っていたのが、これは長引くかもしれない。今日が九日だから、あと6日間だ。それまでにケリがつくだろうか。帰ったってカカシには会えないのだけれど。ギュウッと胸が痛んでイルカは顔をしかめた。未練がましい。里を離れているせいか、懐かしいばかりになってしまう。任務中にこんな事を考えている自分はたいがい平和ボケしている。
 くそう、いいんだ。俺には三代目がいるし、ナルトだってまだまだ俺と一楽が大好きだし、任務だってバリバリこなしてやる!



 三年前に成り代わった男の姿に変化して昔通った酒場へイルカは足を向けた。こちらが見つけなくても昔の仲間がイルカの姿を見て接触してくるかも知れない。派手な電飾に照らされた夜道を大勢の人々が行き来する人混みの中、サポート役に一番若い部下が10メートルほど離れてついている。適当に数件の店で姿を晒して、噂が流れるのを待つのだ。
 三年前にあった店がもうなくなっていたり名前が変わっていたりする中で、何人か顔を覚えている女将やバーテンと出会った。わざわざ大きな声で久しぶりだと声を掛け、薄い水割りを舐め舐め話をした。部下は奥の席で聞き耳を立てている。店の中では色んな言葉が交わされている。噂話、愚痴、女を口説く声、商談、真面目に文学を語らっている連中までいる。捜査を始めて三日目の夜が終わろうとしている。
 そろそろ引き上げようかと思った頃、カリと何かか足を引っ掻いた。
 今は忍服ではないので足下も下駄を突っかけただけだ。
 見下ろすと緑色の小さな亀がイルカの足に纏わりついていた。
 なんで、亀?
 すぐにそれが式だと分かった。
 木の葉忍びの使う式だが、込められているのは部下の誰とも違うチャクラだ。だがまったく知らないチャクラでもない。


 なんか。
 濃ゆい?


任務物はあんまり書きたくないなーと思いつつ、ダラダラ書いてしまいました。
これでも一生懸命削りました。ツマンナイですよね。ごめんなさい。
中忍の任務に上忍が乱入するというよくあるパターンをやってみました。
って、そっちかい!


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