カカシは予定通りの時刻に木の葉の大門を潜ることが出来た。
一時はどうなるかと思ったが無事任務は完了した。
今回の任務は木の葉と同盟関係にある草隠れからの依頼だった。木の葉の里の南西に位置する草隠れの里は、東西を火の国と土の国という大国に、南北を雨隠れの里と滝隠れの里に挟まれた小国にある。その地理的条件から外交術に優れ、戦乱の時代も他国の属国となることなく生き延びてきた。
その草隠れの里から隣国の滝隠れの里へ姫君の輿入れが決まった。無論、両国間の政治的な結びつきを強めるためである。草隠れの里は火の国との関係が深い。一方、雨隠れの里は土の国との関係を昔から重要視している。
国境を接しながら巨大な滝に守られ、火の国とも土の国とも距離を保った滝隠れの里が草隠れとの協調関係を強めるのは火の国にとっても望ましいことであった。
だが、それに危機感を抱いた土の国や雨隠れの里が婚礼の妨害をするのではないかという心配があった。
そこでもう一方の大国である火の国の木の葉の里へ、草隠れの里と滝隠れの里から合同任務として輿入れする姫君の護衛をして欲しいと依頼があったのだ。木の葉を戦力に加えることで、土の国と雨隠れの里を牽制するのが狙いだった。
今は同盟関係にある火の国と土の国だが、それぞれの国に属する木の葉の里も岩隠れの里も、互いに過去に何度も煮え湯を飲まされてきたという経緯がある。
草隠れの里と滝隠れの里からは無論、最上級の手練れを寄越すだろう。それに見合うだけの忍びを木の葉も派遣しなければならない。
そこで白羽の矢がたったのが写輪眼のカカシだった。
はたけカカシ、以下三名の上忍が派遣された。
一行の移動ルートは極秘とされ、里にも伝えられなかった。移動直前でのルートの変更も頻繁に行われた。一度、火の国に入国して滝隠れの里へ向かうのもカカシ達が草隠れの里に到着した後に決められたことだ。
火の国で最も高い建造物とされる電波塔のある街に宿をとった。一泊で次の街に移る予定だったが、思わぬハプニングがあり草隠れの里からの増員を待って二泊になった。一番の難所である滝越えの前に五人もの中忍を交代させる羽目になったのだ。
大門を潜るとカカシは三人の部下と共に真っ直ぐ里の中心にある本部へ向かった。
通常任務のように報告書へは行かずに直接、火影の執務室へ入った。
「ご苦労じゃったの」
三代目火影がしわくちゃの顔を更に皺だらけにして笑って迎えてくれた。
笑い事じゃないよ、まったく。
「あー…、もう報告はいってると思うんですが…」
報告書を火影の机に提出しながらカカシは予定外の出来事について補足説明した。三代目は「うむ、うむ」と聞いているんだか、いないんだか分からない顔つきで相槌を打っていた。
報告を済ませ、執務室を出るとその場で部下達に解散を宣言した。三人とも長旅で疲れただろう。木の葉の人間であの大滝まで行った人間など数えるほどしかいないはずだ。その向こうへ行って生きて帰ってきた者はいない。カカシ達、木の葉の忍びも草忍もそこから先へ行くことは許されなかった。草の姫君が一人、滝隠れの忍び達に付き添われ、滝の向こうへ嫁いで行った。
カカシはすぐ自宅へ帰って夜の約束に備えるつもりだったが、気を変えて受付所へ足を向けた。今日は確か受付のシフトに入っている曜日だ。一目くらいあの人の顔を拝んだって罰は当たらないだろう。にっこり笑って「お帰りなさい。お疲れ様でした」といつものように言ってもらえたらそれで疲れも吹き飛ぶ気がする。
廊下を歩いていくと顔見知りの男がいた。
「おう、帰ってきたのか」
煙草を銜えたまま髭の上忍が片手を上げた。
「アスマ」
そういえば出掛ける前もこの男とこのあたりでかち合ったけな、と思い出す。向こうは早朝から下忍のスリーマンセルとDランク任務に出るのだと言っていた。その時に頼んだことを思い出してカカシは尋ねてみた。
「イルカ先生のこと、見てくれた?」
任務に出る前夜にイルカの家を訪ねたのだが、なんだか元気がないような気がした。カカシが任務に出る前はいつも心配そうにしているのだが、なんだか顔が憔悴しているように見えた。気になったのでアスマに顔を見ておいてくれと頼んだのだ。
「ああ、見たぜ」
「どうだった?」
「普通だったぞ」
アスマの答えに、「あれ?そう?」とカカシは首を傾げた。気のせいだったのだろうか。まあ、これから会いに行けば分かることだが。
アスマと別れてカカシは急いて受付所へ向かった。
だが受付机の向こうにイルカはいなかった。
当てが外れてがっくりしてしまった。それと同時に心配になった。どうしていないのだろう。真面目なイルカが欠勤とは珍しい。任務で負傷して休んだりしているのじゃないだろうか。
暇そうな職員を見つけてイルカはどうしたのかと尋ねると、今日の午後はシフトには入っていないと言われた。
「アカデミーにいるの?」
「いえ、だいぶ前から今日はシフト外してくれって頼まれていたので何か用事があるんじゃないでしょうか」
アカデミーは今、秋休みだそうだ。農繁期で子供達も野良仕事に駆り出されているのだ。そういえば十班も稲刈りだとか言っていたか。