イルカをベッドに上半身だけ載せて俯せに押さえ込んだ。手首と親指をテグスで固定する。怪我をしないように袖口の布で手指をカバーした。それから支給の黒い忍服の上着を脱がせた。ベストを着用していなかったから楽に済んだ。解けかけた髪紐も取り払う。長い黒髪が広がってイルカの顔を隠した。
 ここまでのことをカカシは冷静にこなすことが出来た。捕虜を捕らえた時にいつもしていることだ。目的が定まっていればカカシは無駄なく、的確に行動することが出来る。逃がしてはいけないととりあえず考えた。それからイルカが自分から離れられなくしなくてはいけない。
 痛めつけるのはだめだ。イルカに傷を負わせるなんて自分が耐えられない。
 相手を堕とす方法は痛みだけではない。もう一つの方法でカカシは以前、イルカを身近に置くことに成功した。あの時のようにすればいいのか。
 カカシがイルカのズボンに手を掛けるとイルカが震える声を絞った。
「やめてください…」
 怯えきった声だ。カカシはイルカの背中に頬を押し当ててみた。震えている。
 前の時はこんな風じゃなかった。
 酒のせいかイルカは体はくたくたで、今のように強張ってはいなかった。強引に足を割ったが、たいした抵抗もなく彼の中に押し入ることが出来た。



 あの晩のことを、カカシはいつも思い出す。
 イルカの事は前から好きだと思っていた。いつかの飲み会の後、見せられた熱っぽい目が忘れられなかった。別にカカシに秋波を送ってのことではない。ガイと子供達の教育方針について語り合っていただけだ。ああ、やっぱりガイだ。ガイとイルカは似たところがある。きっと波長も合うだろう。
 カカシにはイルカは「子供達をお願いします」ときっちと礼をしただけだ。
 自分にはしてやれなかったことも、あなたにならしてやれるんでしょうね、と言って。
 自分の子供でもないのに、ただの教え子じゃないか、何十人もいる中の一人だろうに。
 地面の石ころ一つ一つを拾い上げて星空にでもはめ込んでいくつもりか。
 でも、この人の傍は温かくて気持ちよさそうだ。そう思って、近づいた。近づいたら欲しくなった。この人の中は熱くてとろとろに甘いだろう。そんなことばかり一緒にいて考えるようになった。
 だけど、実際に手を伸ばそうとは思っていなかった。自分の生活の片隅にイルカという存在を見ていられればいいと思っていただけだ。カカシは自分は自身の欲心も制御できないような人間ではないとあの晩までは思っていた。
 あの晩、イルカのアパートで一緒に杯を傾けていた。
 奥の部屋で、窓を開け放って丸くなりかけの半端な形の月を見上げていた。青白い光がイルカの穏やかな横顔を照らしていた。少しも女性的な線があるわけでもないのに愛嬌があるのはなんでだろう、とか益体もないことをカカシは考えていた。凛々しい眉の下の眼窩に黒い綺麗な目がうっとりと月を見ていた。
 イルカが一口酒を含んで口元を綻ばせると、ぽつんと呟いた。
「幸せだなあ」
 カカシは驚いてイルカのその穏やかな顔をまじまじと見つめた。
 カカシにとって幸せというのは手の届かない遙か遠くにあるものだった。それを掴むために人は汗みずくになって駆け続けなければならないのだ。たとえそうし続けたとしても手に入らないようなものだ。カカシなどは一生不幸でいるに決まっている。そう信じていた。
 なのにイルカは無造作に幸せだという言葉を零した。その事に驚いた。
 ああ、でも確かに今、自分は満ち足りた心地だ。
 手元の杯に反射する光を眺めてカカシは思った。
 酒が旨くて、半端な月が綺麗で、すぐそこにイルカがいる。
 手を伸ばせば届くところにイルカがいる。
 思いがけなく、幸せという掴み所のない薄情で残酷なものが傍らに猫のように柔らかく身を丸めているのを感じた。
 カカシは夢の中で藻掻く人のように手を伸ばした。たじろぐ体をかき抱いて、イルカの耳元に何度も吹き込み懇願した。
 −−−あなたの中に俺を入れてください
 イルカが怪訝な表情を浮かべる頃には既にカカシはイルカの中に入っていた。イルカを腕の中に閉じこめて揺すり上げると、はっ、はっ、と熱い息が上がった。
 声もなく二人は達した。
 一度目の行為を終えた後、カカシは自分のものを受け入れさせられ、腹と胸を自らのもので汚したイルカを見下ろしていた。イルカもカカシを見上げていた。自分の身に何が起こったのか分からないという様子で、ひどくあどけない目をしていた。
 一時の高揚が去り、ぐったりと横たわるイルカを見ているうちにカカシは焦燥を感じた。
 取り返しのつかないことをしてしまった。
 これまで築き上げてきた友人関係を自らの手で壊してしまった。正気に返ったらイルカは自分になんと言うだろう。もうイルカの傍にはいられないかもしれない。
 途方に暮れたのは一瞬だった。
 まだなんの感情も生まれていないようなイルカの顔に、今ならつけ込める、と囁く声が自分の中にあった。
 その声に従ってカカシは行動した。
 そのせいかどうかは分からないが、イルカはカカシの隣で笑っていてくれるようになった。




なし崩し。




カカシ編7