状況2



 窓からうらうらと暖かい日の光が差している。
 カタカタとキーボードを叩きながら不知火ゲンマは口に銜えた長楊枝をぷらぷらさせている。長身を窮屈そうに屈めてモニターに向かっている。斜め前の机では並足ライドウが書類に筆をはしらせていた。午後の退屈なデスクワークだ。
「そういえば、第十四次極北巡回部隊が帰ってきたんだってな」
「ああ。2年…3年ぶりか?長かったよな。普通は半年くらいで帰ってくるものだろ?」
 ゲンマの声に手を止めないままライドウが答える。
「3年ぶりの里かあ。感無量だろうな」
 二人がぽつぽつと話していると、部屋のドアが開き、眼鏡の山城アオバが入ってきた。手には分厚いファイルをいくつも抱えている。
「おまえら、それについてのゾッとする話聞きたくない?」
「聞きたくない」
 アオバの言葉にゲンマとライドウは同時に言った。
「なんだよ、まだ何にも言ってないだろ」
 せかせかと部屋の壁際にある棚のガラス戸を開き、ファイルをしまいながらアオバは首だけを巡らせて二人を見た。
「そうやっておまえが持ってくる話にはろくな話がない」
「まあ、まあ、本当にゾッとするぞ」
 「だから、いいって」と顔を背ける二人に構わずアオバは話し始めた。
「本当は通常通り半年で交代するはずだったんだよ。でも、木の葉崩しがあっただろ。あの時に参謀室の作戦担当者が亡くなったんだよ」
 嫌そうな話だ。ゲンマとライドウは眉を顰めた。
「それで引き継ぎが十分に出来ないまま、後任者が就いたんだけどさ」
 一旦、言葉を切ってアオバはゲンマとライドウの顔を見た。
「ファイルが、落ちてたんだって」
 机の間に。
「うををおお!ゾッとした!」
 アオバの言葉に二人は椅子の上で竦み上がった。
「そのファイル、二年半も見つからないままだったのか!?」
「ファイル一冊なかっただけで、連中、極地に送られたまま忘れられてたってのか!?」
「そうみたいよ」
 こっええー。二人は口々に言い、二の腕をさすった。
 二年半も極地に忘れ去られていた部隊と、見落としていた作戦担当者と、どちらの立場にしてもゾッとする。
「でも、補給部隊の奴らとか気がつかなかったのか?物資とかどうしてたんだ?」
「極地では現地調達が基本なんだよ。あの辺りの炭坑町の用心棒も兼ねてるからな。要請が来たら、そりゃ物資も送ってただろうけど。とにかく、木の葉崩しで指揮系統も混乱してたし、人員の入れ替わりも激しかったからさ」
 でも、よりによってなあ…。ライドウが寒そうな顔つきをする。
「よく家族が黙っていたな」
「黙ってなかったから分かったんだろ」
 さらりとアオバは言った。
「里の命令は絶対だから任務に関しちゃ何も言えないけど、流石にそろそろ帰ってきてもいい頃だと思った人間がいたんだろ」
 多分、補償問題とかになるんじゃねえの?とアオバは軽く言った。
「おまえ、そんな人事みたいに…」
「明日は我が身だぜ」
 ゲンマが長楊枝を小さく上下させた。
「事務仕事も真面目にやらなきゃな」
 そう言うと背筋を伸ばして、モニターに向き直ると再びキーを打ち始めた。




本当にありそうな怖い話。


状況3