ヤマトは着慣れない長袖のシャツの袖が腕にまとわりつく感触を気にしながら受付所に入った。
長袖シャツは、まあ、温かいと感じる程度だが、ポリマー繊維製のごつい襟と肩パットのついたベストには閉口した。
これがあれば首をかっ切られる危険は減少するが、動きも制限される。防御より攻撃に重点を置いた暗部の制服とは違った考え方で作られた物だ。パットと襟は肩と背中についたボタンで留められていて取り外し可能だが、これを外して着用している者は上忍でも見掛けない。支給服が嫌なら、自分で装備を用意するのだろう。待機室で見た上忍のくノ一達には自前の装束の者も多かった。
慣れないのは装備だけではない。
受付所に足を踏み入れてまず驚いたのは「みなさんガンバ!」と書かれた垂れ幕だ。アカデミーの行事で使うような色画用紙に太マジックでぎゅっぎゅっと、誰が書いたのか知らないがヘタウマな字だ。
当分の間は通常部隊に配属されるため、ここで斡旋して貰って任務に就くことになる。
午前中に正式に辞令を受け、暗部のロッカーから私物を引き取ってきたので、午後を幾分回ってからヤマトは受付に赴いた。ヤマトのポジションは班長が欠けたカカシ班の班長代理という臨時のものだったが、カカシが復帰してからもナルトの修行のために通常部隊に据え置かれる事になっていた。今日はカカシ班は小隊で任務に就いているので単独での任務を受けることになる。
暗部の隊員達が陰で「スマイリーフェイス」と呼んでいる受付の係の中忍達が、窓を背に長机に並んで座っている。朝は受付に座っているという火影の姿は、今はなかった。受付所のラッシュは終わったらしく、室内には二組ほどの小隊が受付机の前に屯っているだけだった。
ヤマトは空いている窓口へ進んだ。
ヤマトが前に立つと、係の中忍は「こんにちは」と言ってにっこりと笑った。「スマイリーフェイス」の通り名どおりの、さわやかで快活な完璧な笑顔だった。ヤマトは感心した。
「こんにちは」
と返すと、受付の男は少し躊躇ったような素振りを見せた後、ヤマトの顔を見つめながら依頼書の束を繰った。
「任務の希望はありますか?」
ヤマトの前に座ったスマイリーフェイスは浅黒い肌に黒い髪をした男だった。顔に真一文字に傷があるからスカーフェイスでもあるのだが、その顔はやはりスマイリーだ。
暗部には通常部隊との掛け持ちの者も多い。勅命のあった時だけ、暗部の装束を纏う者もいる。だが、ヤマトはそのチャクラの特異性により生粋の暗部育ちだった。常に火影の手駒として確保されているヤマトのような隊員は受付で任務を受ける事はない。任務のない時は待機か事後処理か演習だ。だから、通常部隊との掛け持ちの隊員達が受付の窓口担当者達を「スマイリーフェイス」と呼ぶ、彼らの実感は分からない。
「あいつらは笑顔で殺すんだぜ」と、口元を歪めて同僚が言うのをヤマトは暗部の待機室で聞いた。「“Aランク任務です。いってらっしゃい。がんばって”ってな」と彼は皮肉げに笑った。
暗部では火影が直々に任務を言い渡す。「いってらっしゃい」も「がんばって」もない。気安い笑顔もない。無論、「どんな任務をご希望ですか?」などと尋ねられる事もない。
なるほど、これは今まで体験した事のない状況だ。
「希望?ですか?」
ヤマトは少し首を傾げて笑顔の男を見つめた。鼻っ面に傷のあるスマイリーフェイスも心持ち首を傾げて、
「今からですと、短時間のDランク任務か、明日夜間のBランク任務、明朝出立の中期のCランク任務になりますが−−−」
と、言いさしてヤマトの顔を見つめる。考え深げに僅かに眉が顰められる。
「ああ、朝のうちに来ないと今日の任務はなくなっちゃうのか」
「ええ。急ぎの任務や重要なものからお願いしていくので」
その代わり余裕のある任務を選ぶ事が出来ます、とスマイリーは笑みを滲ませた。先ほどより自然な笑みだった。
「すみません。こちらへ来られる方の顔と名前は大体、覚えているのですが、階級とお名前を頂いてもよろしいですか?」
さっきからじっと自分の顔を凝視していたのは自分が誰かを推し量ろうとしていたのかと合点がいってヤマトはポケットから忍登録カードを取り出した。数日前に五代目から受け取った暫定的な身分証明書だ。
「ヤマトです」
「ヤマト上忍」
仮の名を名乗ったヤマトに、受付係は記憶に刻むように呟いて登録カードを返してきた。
「上忍の方ならBランク任務を−−−」
彼が言い掛けた時に、受付所の扉が騒がしい音を立てて開いた。
「猫がいないぞ、コレ!」
駆け込んできた少年は大きな声で受付に向かって叫んだ。
「どうしたんだ、木の葉丸?」
「イルカ先生!」
立ち上がって声を掛けた受付の男に少年は駆け寄ってきた。三代目火影の孫である少年だ。ヤマトは言葉を交わした事はないが、火影の邸で何度か見た。向こうはヤマトを知らないだろうけれど。ナルトとも仲が良いらしく、一緒にいるのをよく見掛ける。
ヤマトの目の前で立ち上がった受付の男からは笑顔は消えていた。
「猫がいないんだってばよ、コレ!」
微妙に誰かの口癖がうつってるな、と少年を見下ろしながらヤマトは思った。
「猫って、探しに行った迷い猫のことか?」
「それもだけど−−−」
「西の森の猫がいなくなってるんです。ごっそりと」
遅れて受付所に入ってきた黒眼鏡の特別上忍が続けた。