「満月」と名付けられたその猫は、黄色味を帯びた白い被毛の美しい猫だった。名前の通り淡い光を身の内に抱いたように毛並みはいつも輝いていた。
岳の国の山岳民族の村落で飼われていた珍種の猫で、雪豹と家猫の配合種と言われているがその発生は定かではない。一系統のみ、十数匹が村落では飼われていた。
火の国の国主の弟が、村落の長老に3年越しで頼み込んでようやく貰い受けた猫だった。
「それを、食ったっていうのか…」
執務机の上で組んだ手に額を押しつけて五代目火影は呻くように言った。
「いえ、満月を食べたのかは分からないのですが。というのは、皆、酔っぱらっていたそうで、けれど極北からの帰還者達が西の森で猫を獲って食べたのは事実のようです」
受付の責任者である一等書記官の報告に綱手は苦々しげに表情を歪めた。
「なんだって、そんな真似を…!」
「極地では猫は貴重な蛋白源だったそうです」
ぐしゃりと綱手は頭を抱えて亜麻色の髪を掻き乱した。
「箝口令を敷け!依頼人には絶対に知られるな!猫の捜索は人員を増やして続行だ!」
しかし、火影の指示は既に手遅れだった。
「木の葉忍は猫を食う」という噂は猟奇的な味付けを加えられてどこからともなく漏れ、二日後にはカンカンになった満月の飼い主である王弟から
「満月を食べた全ての忍の腹を割き、その食道から直腸までを差し出せ」
という要求が五代目火影に突きつけられた。
郊外の農家でのDランク任務を終えて3日ぶりにナルトが帰ってきた時、木の葉の里は今まで目にした事のない様相を呈していた。
本部棟の前に横断幕やプラカードを掲げた忍達が座り込んでいる。
プラカードには「火の国の横暴を許すな!」「猫と忍の命はどちらが重い!?」「里の自治を守れ!」などなどの文句が書き付けられている。
「なにかしら?」
物々しい一団にサクラが訝しげに呟く。
「なんか、変な事になっちゃってるな」
カカシが首を傾げながら、ナルト達の背を押した。カカシ班四人はその一団を横目に見ながら報告所へと向かった。
「イルカ先生!」
報告所の窓口にイルカの姿を見つけてナルトは走り寄る。
「なあ、なあ、外のあれってどうしちゃったんだってばよ!?」
「おかえり、ナルト!サクラにサイ君も。カカシ上忍、お疲れ様です」
イルカはナルト達に笑顔を見せてから、カカシに向かって頭を下げた。報告所には何人もの忍達がいて重苦しい空気が漂っていた。
「先輩」
ソファからヤマトが立ち上がった。
「あ!ヤマト隊長!」
「おまえ、何やってんの?こんなとこで」
「報告会です」
ソファには他にも幾人かの中忍が座っていた。カカシには見覚えのある顔だ。皆、通常部隊の制服を身につけているが、昔、暗部にいた頃に部下として使った事がある。机の上には作戦地図が広げられていた。
「なあ、なあ、外のあれってなんなんだってばよ!?」
ぴょこぴょこと伸び上がってナルトが喚く。
「デモ隊が座り込みをしているんだよ」
ヤマトは静かに答えた。
「デモ隊?」
サクラが聞き返す横で、サイは無表情で周囲の様子を伺っている。
「今、外交的に少々マズイ事になっててね」
口元だけで困ったようにヤマトは笑った。
「カカシ上忍、報告書の提出を」
窓口のイルカが控えめに声を掛けた。カカシは書類をひらりと振ってイルカの前に置いた。
「はい」
「どうも」
顔を伏せたイルカの表情が硬くなっているのにヤマトは気づいた。こんな状況でも帰還者に対しては彼は笑顔を絶やさなかったのに。
「なんで、こんなとこで報告会をしているんだ?会議室つかえば?」
書類を処理するイルカの手元を見下ろしながらカカシがヤマトに言った。
「他の任務に就いている忍達にも協力を仰いでるんです。別室にいちいち立ち寄ってもらうのも手間なんで、ここが捜索本部になってるんです」
「捜索って何を探してるんですか?」
カカシの脇からサクラがヤマトを見上げた。
「猫だよ」
そう答えてヤマトは更に困ったように笑った。
「黄色い毛並みの珍しい猫」
カカシ班の班員達は一様に怪訝な顔をする。猫一匹に捜索本部?
「火の国の王様の弟の猫でね。世界に十数匹しかいない貴重な猫なんだ。お月様みたいな色をしているんだ」
ヤマトの説明に、まだ事態が飲み込めていない様子でナルト達は、ふうん、と頷いた。
「その猫、俺見たよ」
カカシが言った。
報告所にいた忍達が一斉にカカシを振り返る。
「いつ!?どこでですか!?」
「任務に出る前日、西の森で」
勢い込んで尋ねた忍達は皆、がっくりと項垂れた。
「それって、帰還者達が花見をやった日じゃないか」
「ますます食われた可能性が濃くなったな」
先刻よりも更に室内の空気はどんよりと重くなった。