地上ではプラカードを掲げた一団が黙然と座り続けている。
本部棟の渡り廊下からそれを見下ろしながら、カカシとヤマトは並んで手摺りに凭れていた。
「この里は確かに緩いけど、あんな真似を許しておく程とはねえ」
呆れを通り越して感心した風でカカシが言う。
「一昔前なら問答無用で全員、連行されてるよ。ちょっと舐められすぎなんじゃない?」
「それが、里にも強硬に出られない事情があるんですよ」
極秘事項ですが、とヤマトは声を潜めた。
「極北巡回部隊が3年も極地に送られっぱなしだったのは参謀室の事務的不手際だったらしいんです」
カカシは唯一覗いた右目をぱちりと見開いた。
「そりゃー、マズイな」
「マズイですよ」
しかも、この極秘事項がだだ漏れになっているようなのだ。
「参謀室の連中だったら躍起になって隠蔽工作するでしょ?」
「そのはずなんですがね。内部告発者がいたんじゃないかと思われます」
エリート集団の参謀達を出し抜いて、彼らのキャリアを台無しにしかねない情報を里中に撒いた人間がいるという。カカシはがしがしと頭を掻いた。
「きな臭いなあ。当の帰還者達はどこにいるのよ?」
「本部棟のどこかで事情聴取中です」
イビキのとこか、とカカシは口の中で言った。
「それで、この3日間ずっとおまえ達は猫探しをしてたわけ」
「はい」
びゅうっと建物の間を風が吹き抜けた。春先の強い風だ。暖かい日差しに温められた風の吹く中で、本部棟の前庭で静かに座り続ける一団は、なんだか妙に長閑に見えた。
「たまたま騒ぎが起きた時に、受付所にいたものですから」
ああ、と一人で頷いてヤマトはつけ加えた。
「ボクも今回初めてスマイリーフェイスから任務を受けましたよ」
あれがナルトの“イルカ先生”だったんですね。
ヤマトの言葉にカカシは眉を顰めた。
「おまえ、変な言葉覚えてきたな」
「?」
「本当の意味も分からないのにそんな言葉使うんじゃないよ」
「“スマイリーフェイス”ですか?」
カカシは露骨に嫌そうな顔をする。
「いいよ。わかんないままでいなさいよ。おまえ、あの人に近づくんじゃないよ」
畳み掛けるようなカカシの言葉に、は?とヤマトはカカシの顔を見た。
「あの人って、イルカさんですか?」
ヤマトの言葉にカカシは眉を顰めた。
「イルカさん?なに、フレンドリーな呼び方してんのよ」
「え?ダメなんですか?」
「任務中にお友達ごっこしてるんじゃないよ」
「ナルト君の先生ですし、何かあった時のために良好な関係を築いていた方がいいんじゃないですか?」
「元・先生」とカカシはヤマトの言葉を訂正する。
「ナルトの修行にあの人は関係ない。逆にあんまり構われると厄介だ」
ま、ナルトは自立心が旺盛だから心配はしていないけど、とカカシは冷淡な仕草でひらりと手を振った。
その様子にヤマトは首を傾げた。
カカシはイルカのことをよく思っていないのだろうか。イルカはあまり人に嫌われたりするような人物には思えないけれど、カカシはああいった体温の高そうなタイプは苦手なのかも知れない。
−−−ボクは、そんなに嫌じゃないけどな。
「おまえはあの人に近づくんじゃないよ」
念を押すように重ねてカカシは言った。ヤマトは肩を竦めた。
「近づくもなにも、一緒の部屋に詰めてるだけですよ」
他人のことにカカシが口を出すのは珍しいなと思う。
「おまえはなんか、やらかしてくれるような気がするんだよねえ」
あさってを見ながらカカシが言った。
「は?ボクですか?」
イルカ先生が、という話ではなかったのか。
「ま、いいよ。俺は五代目に話を聞いてくる」
ひらひらと手を振ってカカシは本部棟の廊下へ渡っていった。