「動物愛護団体から抗議文が送られてきています」
 シズネが書状の束を綱手の執務机にどさりと積み上げた。
 綱手はうんざりした顔で椅子の背もたれに体を投げ出した。こういう事にかけては、世間というのはやたらにレスポンスが早い。
「以前にも、動物を使役獣として危険な仕事をさせるのはけしからんと言ってきたとこだね」
 コツン、とつま先で机を蹴って椅子を回転させると、綱手はカカシへ体を向けた。
「なあ、カカシ」
「はい」
 火影の執務室に顔を出したカカシは、いつも以上に雑然とした部屋の様子と籠もった空気に綱手の疲労を嗅ぎ取って、自分までぐったりと疲れた気分になった。
「こうやって、世界中の動物のために日々、抗議活動を展開してくれている連中と、私やおまえのように前線で忍獣達と共に危険を分かち合い、任務を遂行している人間と、どちらがより彼らを愛していると思う?」
 カカシは宙に視線を泳がせた。
 あるいは、と綱手は目蓋を半分落とした据わった目でカカシを見つめた。
「それを、金と引き替えに自分達に代わって危険な任務を遂行する忍なんて種類の人間に問う、世間の連中の頭の中身がおかしいのか?」
 酔っぱらいのくだだ。酔っぱらいと違うのは綱手の思考を麻痺させているのはアルコールではなく、度を超えたストレスとプレッシャーだということだけだ。
 カカシは聞き流す。今は職業哲学だの倫理を語る時間ではない。そんなことは綱手だって十分承知しているはずで、だからこれは要するに愚痴という名の逃避だ。
「少しは考える顔くらいしてみせろ」
 愚痴る甲斐もないと悟ったらしく、綱手は体を真っ直ぐに座り直すと気を取り直したようにカカシに向き合った。
「で?」
「カカシ班、4名帰還しました」
「どうだ?新しい班は」
「サイという子は面白いですね。珍しい術を使う」
 術自体は少々脆いようにも感じるけれど、班としてのバランスは良くなった。
「ナルトもサクラもゴリゴリの接近戦タイプに育っちゃいましたし、中・遠距離タイプが加わるのはいいと思います」
「なんだ、不服そうだな」
 いえ、とカカシは肩を竦めた。
 サクラは中・遠距離から華麗に術を放つくノ一になってほしかったんだけどなー。
 すっかりプチ綱手に育ってしまった。先々、恐ろしい。
「チームワークは、ま、これから育てていくことにしますよ」
 ナルトの暴走癖は相変わらずだし、サイという少年も実戦慣れはしているようだが、他人のペースに合わせるのが苦手のようだ。面白いのは、作戦においてはサイの方が優秀で一人勝手に動くことが多いのに、普段の行動ではナルトにおもねるような態度を見せることだ。
 ナルトと仲良くなりたいらしい。
 だが、作戦においては「それとこれとは別」という思考が働くようだ。
 ちぐはぐな子だ。
 表情も言動も、何もかもがしっくりきていない。
 最近の木の葉では見ないタイプの子だ。
「根は解体されたと聞いていましたが」
「あの爺さんがそう易々と既得権益を手放すはずないだろう」
 本家・怪力姫はふーと息を吐いて、こきこきと肩を回した。
「これから爺さま達と会議だ。おまえも出るか?」
「ご冗談を」
「おまえを次期火影にという声もある。後学のために出席しておくのもいいかもしれないぞ」
「まさか!ご遠慮しますよ」
 まんざら冗談でもなさそうな口調の綱手に、カカシは首を振った。
 サスケの里抜けという大ちょんぼをしでかしたカカシに、上層部がいい感情を抱いているはずがない。今更ながら、「やはり、はたけ家の人間は…」などと口にする者もいる。
「五代目は俺を道連れにしたいだけでしょ」
 今から数時間は口うるさい年寄り達と会議室に籠もることになる綱手は、自分から矛先を逸らしてくれるなら誰でも引き摺っていきたい様子だ。
「まあ、それもあるがな。ナルトが火影になると言っても、まだまだ先の話だろう?私にだって何があるか分からん。今回の件で失脚、なんてことになるかもしれないぞ」
 ふっくらとした唇の片側を噛みしめて歪め、綱手は真剣な顔つきで言った。
「三代目の時のような、空白期間を作りたくない」
 そのための準備は周到にしておきたいのだと綱手は口にした。
 木の葉隠れは火影を中心とした家族的な繋がりを持った里だと言われるが、実際には一枚岩ではない。いくつもの有力な一族がひしめき、複雑な権力構造の上に成り立っている。
 幾つもの皿を載せ、ゆらゆらと揺らめく天秤の支点が火影という存在なのだ。
 血統的には申し分ないものの、放浪していた期間の長かった五代目には、里内での後ろ盾というものがない。御意見番の二人はそんな綱手を火影として定着させるために裏で相当、動いたはずだ。
 初代の孫の美しい姫であり、医療忍術の最高峰というイメージで民達からの支持は高いが、同時にそんな肩書きは弱腰の印象も与えるだろう。御意見番の傀儡に成り果てるのでは、と囁く声もある。
 そんな声を跳ね返すために、綱手は御意見番達と対立するような言動が多くなる。どの派閥にも取り込まれていない若い人材を登用することで、綱手は自分の足場を固めたいと考えているのだろうが、それが年寄り達の目にはどう映るか。危ういところだ。
「俺なんか近くに置いたら、爺さん達の恰好の標的ですよ」
 うちは一族の問題は里の上層部との因縁が深い。加えてはたけサクモの事もある。
「俺は現場を駆け回ってるのが性に合ってますよ」
 正直、カカシは里の中枢には近づきたくない。
 権力は簡単に人を殺す。
 民もまた、そうだ。
 イメージと憶測で、簡単に人を殺す。
 実状なんて知りもしない連中が勝手な事を言い、声の大きい奴が世論てやつを作り出す。
 火影にはそれを跳ね返すだけの何かが必要だ。忍としてどんなに優れていても、それがない奴はだめだ。潰されてしまう。
 初代のカリスマ性。二代目の安定感。三代目は人の心に聡かった。4代目の清廉さ。
 ナルトには、何かがあるように思う。
 追いつめられたギリギリの場面でキラリと輝きを放つ、何かが。
 無条件に人を惹きつけ、その人間のために何かをしてやりたいと思わせるもの。
 ナルトが火影になるのを見てみたい。そのための捨て石にならなってもいいと思わせるものがある。
 そして、五代目綱手は今まさに、その資質を問われている。
 21人の忍の命を差し出すのか。火の国の要求を突っぱねるのか。
 それとも他に方策を見つけるのか。
 今回の一件をいかに収めるかを諸外国も見守っている。






本誌47号の展開を読んで
綱手と御意見番の立場を考え直してみました。
ダンゾウを出したかったんだけど
これからどう動くか分からなくなっちゃったなー。