私の爆笑のせいでお説教は有耶無耶の内に終わった。店を出てぞろぞろ階段を降りながら、先輩達も私達もきゃあきゃあと騒がしく先生にじゃれついた。
「おまえ達な!」とイルカ先生はまだ言い足りなさそうだったけど、このまま放免してくれそうだ。
すごく大人っぽく見えた先輩達もイルカ先生と一緒だと私達と大して変わらなく見えた。数年前までは私達と同じようにアカデミーで先生の授業を受けてたんだ。イルカ先生の前でふてくされてる男の先輩達はちょっと可愛いなと思った。
店を出て先輩達と別れて、私とシノ、キバ、ヒナタはイルカ先生と並んで歩いた。後ろをカカシ先生がぶらぶらついてくる。
「中忍に昇格したからって年齢的に子供なことは変わらないんだからな。世の中には女の子を酔わせて怪しい場所に連れ込もうとする奴だっているんだから、女の子は特に気をつけないといけないんだぞ」
「はーい」
「分かってないだろ、おまえは」
はー、とイルカ先生は溜息をついた。
私はイルカ先生の手を取ってぶんぶん振りながら「分かってまーす」と声高く言った。
分かってるよ。もう子供じゃいられないんだよね。
「先生、一楽に連れて行ってよー」
私は殊更子供っぽく響くように言った。
「お、いいなー。それ」
キバがのってくる。ラーメン、ラーメンと合唱したら先生はうーん、と唸った。
「おまえ達、まだ俺にたかる気か…」
渋い顔をしているけどもう奢ってくれる気になっているのは分かったから、もう一押しと言ってみる。
「だってイルカ先生に叱られた後は一楽のラーメンって決まってるんだもーん」
イルカ先生大好き光線を出しながらだから逆らえまい。イルカ先生が子供に強請られたり甘えられたりするのに弱いの知ってるんだ。私ってそういうとこ計算高いんだよね。
勝ったも同然と思っていたら、白い手がイルカ先生の腰に回って私からイルカ先生を取り上げた。
後ろからきゅっとイルカ先生のウェストを抱きしめて、肩口に顎をのっけたカカシ先生と目が合った。
「今日はだーめ」
穏やかだけど有無を言わせぬ口調で言われて私は唖然としてしまった。
イルカ先生は背も高いし、骨太でがっしりしている方だと思う。カカシ先生は背は高いけど手足が細くてひょろひょろして見える。なのにカカシ先生の胸の中にイルカ先生がすっぽり入ってしまっているのを見てすごくびっくりしたのだ。大きな犬を可愛がるみたいにカカシ先生はイルカ先生の頬に自分のほっぺたをくっつけた。急に二人とも私の知らない人達になってしまったみたいだった。
カカシ先生はイルカ先生の耳元にキスするんじゃないかってくらい口を近づけて囁いた。
「俺、酔ってしまったようなので家まで送ってもらえますか?」
まったく素面の顔でそんな科白を吐くカカシ先生を私も、シノもキバもぽかんと見上げた。ヒナタだけが何も分かってない様子でにこにこしている。
「え、そうなんですか!?カカシ先生全然顔に出ないから分からなかったですよ」
いや、イルカ先生も分かってない。カカシ先生が私達を見下ろして弓形に目を細めた。なんか分からないけど、ヤバイ感じだだ漏れの笑みだった。
「君達、気をつけなさいね。大人になったら色んな危険があるんだよ。うっかり狼さんにお持ち帰りとかされないようにね」
私達は何も言えずにこくこく頷いた。イルカ先生が、そうだぞ、世の中にはタチの悪い人間だって多いんだぞ、とタチの悪そうな上忍を背に負いながら言っている。
「そういうわけだから、ラーメンは今度な。おまえ達気をつけて帰れよ」
いや、あんたが気をつけろ…!!!
私達三人の心の声など聞こえない様子でイルカ先生は背中に被さっているカカシ先生を気遣いながら夜の街を去っていった。
「こっぅぇぇえ!上忍、こっっぅええええ!!なんか知んないけどこええっ!!!」
二人の姿が見えなくなるとキバが叫んだ。
「次に会う時は、俺達の知らないイルカ先生かもしれないな−−−」
シノがぼそりと言った。
「や、やめてよー。どうなっちゃうって言うのよー」
そう言いながら私は二人の間に流れていた微妙な雰囲気から推測できる気がした。あんまり想像したくないけど。だってイルカ先生は男だし、カカシ先生だって男だ。それに二人とも先生だし。
「ナルト、帰ってきたら泣くかなー」
色々考えてしまって呟くとヒナタが初めて反応した。
「え!ナルト君!?どこ?どこどこ?」
周囲を見回してナルトく〜ん、と呼びながらふにゃと泣きそうになる。
「ああああ、泣くなって。ほら、赤丸貸してやるから」
キバがパーカーの胸元から赤丸を出してヒナタに抱かせた。ヒナタは「ナルトく〜ん」と言いながら赤丸を抱きしめた。
「はーーーっ、どうすんだコレ。日向の親父さんめっちゃ恐いんだぞ」
キバはずっと憂鬱そうに頭を抱えている。
「大体、おまえがついていて−−−」
「なによ、私のせいだって言うの!?」
「どうせおまえが強引に誘ったんだろ!
キバに責められて私は言葉に詰まった。強引に連れてきたのは本当だ。だって一人だと心細かったからヒナタについてきて欲しかったんだもん。
すっと、キバと私の間に伸ばされた手が言い合いを制した。
「キバ、いのはヒナタの保護者じゃない。これは完全にヒナタの不注意だろう」
シノの言葉にキバはむすっと黙り込んだ。シノはいつも通りの無表情だ。
シノはさっき私に「これから先たくさんの男がおまえのことを好きになるだろう」と言った。私はシノのことを好きになる女の子もこれから先、沢山いるんじゃないかなという気がした。
「一楽、行くか」
ヒナタの袖を引っ張ってキバが仕切り直しのように言った。私達は酔客達が連れ立って歩く木の葉の目抜き通りを、いつもの店に向かって歩き出した。
私は上手く誤魔化したのでお酒を飲んだことは親にはばれずに済んだ。
私の部屋の棚にはオレンジの花の絵の描かれた小瓶が飾られている。
黒髪の男の子にもらったやつだ。
彼は受付で時々、見かける。中忍用のベストを身につけ額宛を締めている姿は、やっぱりすごく大人っぽく見えた。今度、二人で鼠の国へ行こうよと誘われている。どうしようか考え中だ。
あの後、大人の世界の危険さを身を挺して教えてくれたイルカ先生がどうなったかは知らない。でも次にあった時もイルカ先生はいつものイルカ先生だったので安心した。
何事も経験かしら?と思ったり、あんまり自分を安売りしてもいけないわよね、とも考える。
サクラは相変わらずガッツの塊で綱手様の許で修行に励んでいるらしい。時々、会って一緒にお茶をして話し込む。
その度に私も絶対、こいつにだけは負けないぞと心に誓っている。
アスマ先生とシカマルとチョウジと一緒にあんたの見えない物を見て、あんたの知らないことを知ってやるんだから。
だから私は置いて行かれたなんて思わないんだ。
でも時々はこうやって一緒に同じ香りのお茶を飲んで情報交換しよう。
「このお茶、良い匂いだね。なんていうの?」
サクラが訊くので私は得意げに答えてあげた。
「オレンジフラワーウォーターが入ってるのよ。輸入品でなかなか手に入らないんだけどプレゼントして貰っちゃった」
えー、いいなー、とサクラが可愛いラベルを見て羨ましげな声を上げた。
2006.2.24
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