オレンジフラワーウォーター

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「サクラはさあ、」
 店の入り口近くの壁際に並んで立って、私はシノに思いつくままぽつぽつ話した。
「サクラは自分は弱いから頑張らなくちゃいけないんだって、周囲のことなんかお構いなしに目標のためだけに突っ走っていく子なんだよね」
 そのフォローを誰かがしていてくれるなんて考えもしない。他の人間が努力もしないで自分を保っているとでも思っているのだろうか。
 ヒナタなんかは自分は弱いといつも落ち込んで、努力しても誰にも言わずにじっと一人で耐えている。自分の足下さえ覚束ないくせに、後から人が来るとすぐに道を譲ってしまう。見ているともどかしいくらいだ。要するに育ちの良いお嬢さんなんだろう。
 そう言うと、シノは「確かにな」と笑った。
 サクラは力をつけるために自分より強い人間に手を貸して貰って、その人と同じくらい強くなるとその相手を顧みもせずにもっと強い人の所へ行ってしまうのだ。そうやって着実にランクアップしていく。
 そうやって取り残されたのが私だ。
 私、カカシ先生に自分を重ねていたんだ。だからあんなに腹が立ったんだ。
 シノに話しながらだんだん頭の中が整理されてくる。
「そうしてもいのは理解してくれると思っているんだろう」
「甘えてるよね、私に」
「そうだな」
 でも放っておけないと思ってしまうのだ。やっぱりサクラは狡い。あんなに必死で頑張ってる子、助けたくなるに決まっている。
「シカマルはいつも先輩の中忍達におまえを紹介しろと言われて断るのに困っているぞ」
「え?」
 急に話題を変えられて、何のことだと私はシノの横顔を見た。
「さっきの男もそうだが、これから先たくさんの男がおまえのことを好きになるだろう」
 黒眼鏡の陰からシノが私に視線を流した。
「いのはサクラがどんなに自分に憧れているか、分かっていないだろう」
 シノの言葉に私は胸を押さえた。サクラが私をどう思っているかなんて−−−
 不意に店内にガシャンとガラスの砕ける音が響き渡って遠くで怒声が上がった。
「おまえらこいつに酒なんか飲ましてどうする気だったんだ!」
 あの声は−−−
「キバだな」
 ふう、と息を吐いてシノは店の奥へ歩いていった。私も慌てて後を追う。キバもシノと一緒にヒナタを迎えに来たのだが、赤丸を連れていたキバは店の入り口で動物は持ち込めないと揉めたから置いてきたとシノは言った。こいつら、ほんとに仲悪いのかも…と思ってしまった。私とシノが店の入り口に戻った時には赤丸が一匹で扉の外で座って待っていたから、キバは一人でヒナタを探しに行ったのだろうと二人と一匹で待っていたのだ。
 店の奥では中忍の先輩にキバが掴みかかっていた。
 その横のソファでヒナタがへにゃへにゃと笑っている。
 あちゃー、目を離すんじゃなかったわ。
「キバ、場所を考えろ」
 シノが止めに入ったけど、そんな冷静な態度で止められたら尚更ムカツキそう。思った通りキバはシノの腕を振り払って更に先輩達に向かっていく。先輩達の方も先輩だけあって、逆にキバの首許を締め上げる。女の先輩達が押しとどめようとするけれど興奮した男の子達は聞いちゃいない。
「ちょっと、ちょっと落ち着いてよ」
 キバと先輩の一人が取っ組み合ったままテーブルの上を転がる。店中の視線がこちらに集まる。どうしよー、とパニックになりかかった時、またもや聞き覚えのある声が響いた。三度目のそれは懐かしい大音声だった。
「こらぁ!おまえ達何をやっている!!」
 全員がぴたりと動きを止めた。
 鼓膜を破らんばかりのその声の大きさよりも、アカデミーで叩き込まれた条件反射でみんな動くのをやめた。
「げ!イルカ先生!!」
 男子の何人かは、これまた条件反射のように逃げ出そうとする。キバも先輩達もだ。その襟首をはっしと掴んでイルカ先生は壁際の大きなソファへぽんぽんと放り投げた。
「店や他のお客に迷惑だろう!静かにしなさい!!」
 いや、先生の声が一番大きいです。



 全員、店の隅のソファの上に正座させられた。
「グループ交際も結構だが十代は鼠の国にでも行きなさい!」
 鼠の国というのは火の国の大きな遊園地だ。昔、家族で行ったことがある。
 イルカ先生はいつもの忍服ではなくてチェックのシャツにジーパンだった。中に白いTシャツを着ている。いつも高い位置で括っている髪は低い位置で緩く結んでいるだけだ。プライベートでこの店に飲みに来ていたみたいだったけど顔つきはすっかり教師のものになっている。
 店の客達は静かになった店内に安心した様子でもうこちらを見る人はいない。
「グループ交際じゃなくて合コンだよ」
 先輩の一人が口を尖らせる。
「子供のくせに生意気言うんじゃない!」
「先生はなんでこの店に来たんですかー?デート?彼女放っておいていいのー?」
 女の先輩の一人が混ぜっ返す。
「先生は知り合いと飲みに来ただけだ。先生は成人してるからな」
 腕を組んで、ふん、と鼻息荒く言ったイルカ先生の後ろから
「知り合い?」
と、低い声が響いた。静かな口調なのにざわついた店内でもよく聞こえる独特の声調だ。
 全員の目がイルカ先生の向こうのテーブルに向かう。
 椅子の背もたれにだらりと片手を引っ掛けて大人の男の人が座っていた。青い照明の下でわさりと白っぽい色の髪が揺れる。顔の半分は黒い布に覆われている。
「あ、あー、と、友達?」
 イルカ先生が後ろを振り返って言い直すと「友達、ねえ」と男の人は背もたれの上の腕に顎をのっけて眉を下げて笑った。
 ひゃー、と女の先輩達が声を上げた。
 なんだ、あのフェロモン全開男は、と思ったけどよく見たらカカシ先生だった。カカシ先生も私服だった。へー。この二人って仲良かったんだ。先生達の意外な交流関係を知ってしまった。
「待ってるから続けてください」
 カカシ先生に言われてイルカ先生は思い直したようにくるっとこちらを振り向いてお説教を再開した。後ろから見られていてちょっとやりにくそうだけど。
「こういう店には成人の保護者が同伴でなければ未成年は出入り禁止だ。しかも酒まで飲んで!おまえ達飲酒年齢にも達していないだろう」
 俺達、迎えに来ただけなのによー。なんで怒られないとなんないんだよ。キバがブツブツ言うのが聞こえる。その横で酔っぱらったヒナタが天使のように微笑んでいる。ごめんね、キバ。シノ。と私は心の中で手を合わせた。ここは大人しく叱られて早く解放してもらおう。と、思ったのに
「ビールなんか飲むな。ホッピーを飲みなさい!ホッピーを!」
 イルカ先生の次の言葉に思わず吹き出してしまった。
「キャハハハハ!」
「い、いの!?」
 みんなの目が私に集まる。私は我慢できずにソファーの上でお腹を抱えた。
「イ、イルカ先生、おっかしい!さっきから…」
 鼠の国とかグループ交際とか。なんでホッピーに拘るの?ホッピーじゃなくてもいいじゃん!
「微妙に私服ダサいし!!」
 キャハハハハ!と更に私は笑い転げた。
「ダサ…!?」
 イルカ先生のショックを受けた顔が可笑しくてまた笑った。他の子達も、ぷっ、くくっ、と笑い始める。
「ダサ可愛いでしょ」
 後ろで頬杖ついたカカシ先生がにっこり微笑んだ。


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