春は異動の季節。そしてイルカにとっては卒業と入学の季節だ。
手塩に掛けた生徒達が卒業していく。
一番手を掛けさせられた悪戯っ子も、色々あったけれど卒業させることが出来た。背中に大きな傷を負うことになったけれども、長い間抱えてきたその子供へのわだかまりが一気にほどけて消えてしまった気がする。
今はもう、素直にあの子供のことが大好きだと言える。可愛い、大事な教え子だった。
そして、この春、イルカは数ヶ月つきあってきた彼女と別れた。
結婚を前提に交際していた相手だったが、彼女が異動になり遠距離恋愛は無理だと二人で話し合って別れることに決めた。
原因は転勤だが、前々から彼女とは上手くやっていけない気がイルカはしていた。仲良くやってきたつもりだったが、どこかでお互い打算があったと思う。友人の紹介で知り合った彼女は自分の子供の父親が欲しかったと言い、イルカは自分と家庭を作ってくれる相手が欲しかった。好意はあったけれど、恋愛とは違った気がする。結婚してから愛情を育てればいいと思っていたけれど、縁がなかったのだと思う。彼女はイルカより階級が上だったし、根っからの戦忍だった。
別れる事になって寂しかったけれど、これで良かったんじゃないかという気もする。自分はウェットな質だと思っていたから、案外さばさばしている自分に驚いたくらいだ。
ただ、一つ気掛かりなことがある。
引っ越しの準備を手伝って、先に荷物を送る手配をしてから一晩、彼女はイルカの家に泊まっていった。
布団を並べて敷いて、ただ静かに話して眠りについた。時折、彼女の顔が曇るのは別れの寂しさのせいだと思っていたのだが、翌朝、イルカの家の玄関で別れの握手を交わすと、彼女はイルカの手をぎゅっと握りしめて「ごめんなさい」と妙に真剣な顔つきで謝罪を口にした。
「いいよ。気にするなよ。遠恋なんてやっぱり無理だし−−−」
言いかけたイルカを「違うの」と遮って彼女は隙のない視線をあたりに巡らせた。
「私、ものすごく厄介なモノをあなたのテリトリー内に呼び込んじゃったかも」
訳が分からず、それはどういう事なのかと尋ねるイルカに答えないまま彼女は「くれぐれも身辺に警戒を怠らないように」と、さすが特別上忍だという口調で言い残して去っていった。思わず直立不動で見送ってしまったイルカだった。
厄介なモノとは一体なんだろう?
忍びの世界では様々な呪や妖物が跋扈している。何か術を失敗でもしたのだろうか。
とりあえずイルカは家の四隅に塩を盛った。
その厄介なモノの正体をイルカが知るのは、可愛い教え子達がめでたく下忍になった日の晩、清めの塩もものともせずイルカの家の戸口に立った男が
「イルカ先生の彼女に弄ばれました。責任取って下さい」
そう宣告した時だった。