受付所に入るとカカシは係の者達が座っている奥の机に視線を走らせた。
 −−−いた。
 いつものようにきっちりと髪を括って、生真面目な様子で彼は座っている。
 カカシはのっそりとイルカの前に立った。一瞬、イルカの顔が固まったが、すぐにいつも通りの愛想の良い受付係の顔になる。
「報告所の提出ですか?」
 カカシは黙って手にした報告所をイルカの前の机にひらりと載せた。イルカは俯いて内容をチェックし始める。その伏せた目蓋をカカシは見下ろす。
 あれからイルカはカカシを射殺しそうな視線で睨みつける事はなくなった。代わりに、ぎこちなく視線を逸らせる。まるで関わりのない通りすがりの相手のような態度をとる。あんなとんでもない物をカカシに渡した事など、なかった事みたいだ。
「なかなか見事な水遁でしたね、この間の」
 声を掛けると、ぴくりと睫を震わせてから、イルカは口元に笑みを貼り付けた。
「ありがとうございます」
 受付の隣の男が、ちらりとカカシとイルカに視線を寄越した。
「イルカ先生は優秀だって三代目が言ってたけど、中忍であんな術使えるなんてね」
 カカシの意図が分からないのか、イルカは戸惑いの色を目に浮かべながら微笑み続ける。
「つい、ムキになってしまいました」
 その微笑みがなぜか気に障った。もっと、他に言う事があるだろう。
「随分、挑発的な真似するよね。なんなの、あれ?あんな術まで使ってさ」
 カカシの声音が冷え冷えとしたものに変わったのを感じ取って、イルカの顔が青ざめた。
「いえ、俺は、ただ−−−」
「ただ?」
「気に障ったなら、すみません。どうせ渡すなら、何か目標を立てようと思って−−−」
「だから、なんなの、それ。なんで目標が必要になるわけ?」
「それは−−−」
 たどたどしく答えを紡ぐイルカを見ていられないと思ったのか、突然、隣の男が立ち上がった。
「すみません、はたけ上忍!こいつ、はたけ上忍にチョコ渡したくって、でもただ渡すだけじゃ決心が鈍るからって」
「難易度の高い術の習得も合わせてやれば、きっと完遂出来ると考えたんです!」
 逆側の席の係員まで身を乗り出してイルカの弁護に回った。
「別に、はたけ上忍に何かを求めてるとか、そういうわけじゃなくて、ただチョコを渡せればいいからって頑張ってたんですよ!」
 うわ、奥の事務員の女の子まで出てきた。なんなのこれ、受付所の職員、全員グルなの?
「冗談じゃないよ、あんな物、押しつけてさ。俺がどう思うかとか、考えなかったわけ?そりゃ、そっちはついでに水遁も上達して満足かも知れないけどさ」
 つい、声が尖る。イルカは凍り付いた顔でカカシを見つめている。だから、何か言う事があるはずだろう。カカシはイライラとイルカを睨みつけた。
「申し訳ありませんでした」
 イルカは深々と頭を下げた。クレームをつけてきた依頼人にするような、背筋の伸びたきれいなお辞儀だった。
 カカシはガツン、と受付の机を蹴った。受付所にいた誰もがびくりと体を震わせた。




もう一回分あります。