肩を竦めてヤマトは窓の外を見る。ぴょこりと揺れる括った黒い髪。声に気がついたのか、イルカがこちらを見上げていた。
 にこっと笑いかけられた。
 愛想の良い犬みたいな笑顔。
 でかい図体の大人の男だというのに、どことなく可愛いんだよなあ。不思議だ。
 イルカはぴょん、ぴょんと軒を蹴って上忍待機室の窓まで登ってきた。
「こんにちは、ヤマトさん」
 元気に言う。
「こんにちは。叱られますよ、こんなところから」
 ヤマトが窘めると、イルカはばつが悪そうに笑った。生徒に見られたりしたら、なんと言い訳するんだろう。
 イルカの眼が部屋の奥へとちらと向けられた。誰を探しているのか、すぐ分かってしまってヤマトは内心、苦笑した。ソファの向こう側にいるカカシを見つけると、イルカは微かに口元を緩めた。この人の素直な表情はいいなと思うけれど、少しだけヤマトは胸が疼く。
「これから受付ですか?」
 ヤマトが話しかけると、イルカは「はい」と頷いた。
「ヤマトさん達は?今日はナルトの修行は?」
 窓枠に手を掛けてイルカが訊いた。
「今日はこれからミーティングがあるので、ナルト達は演習場で自主練です」
「ヤマト、そろそろ時間だ」
 二人の会話を遮るように、ソファから立ち上がってカカシが言った。
 素っ気ない態度にイルカの顔が僅かに曇る。
「あ、はい。じゃあ、イルカさん…」
「ヤマト」
 急かすように呼ばれてヤマトはイルカのいる窓を離れた。本当に、カカシは自分とイルカを話させたくないようだ。それにしたって、大人げない態度だ。
 しょんぼりした顔になってしまったイルカを気にしながら、ヤマトはカカシの後について待機所のドアへ向かった。
 ドアに手を掛けたところで、ふと気が向いたようにカカシは振り返った。
「イルカ先生」
「はい!」
 ぱっとイルカが顔を上げた。
「夜、家に伺います」
 カカシに掛けられた言葉にイルカは目を見開いた。
「あ、は、はい」
 少し緊張した面持ちでこくりと頷く。
 −−−あ、
 それで、ぴん、ときてしまった。
 −−−この二人、まだヤってない。
「じゃあ、また後で」
「はい!」
 イルカは緊張した面持ちのままの大きく答えた。
 ドアを潜って廊下へ出る。ヤマトはカカシの猫背気味の背中をつくづくと眺めた。
「へえ」
「なによ」
 呟いたヤマトに、カカシが半眼を向けてくる。
「いえ」
 そう言いながらヤマトは顎を擦って感じ入った。
「“暗部最後の魔犬”と呼ばれた先輩がねえ」
「ちょっと、ナニその呼び名!?」
 いやいやいや、とヤマトは首を振った。
 そりゃあ、両思いだといってもまだまだ安心出来ないよなあ。
 好きな子に素っ気なくしてしまったり、不意打ちで誘ったり、アカデミー生のような初々しさだ。キスくらいはしたんだろうか。
 下世話な事を考えていたヤマトにカカシは不機嫌そうに言った。
「おまえ、植物の生殖器をイルカ先生に送りつけるなんて破廉恥な真似はするなよ」
「生殖器って………よくそんな事考えますね」
 カカシのどぎつい形容にヤマトは目を丸くした。花を贈る人はそこまで考えてやっているわけじゃない。しかし、そう言われてしまうと、花を贈るという微笑ましい行為がひどく恥ずかしい行いのような気がしてしまうから不思議だ。言葉の威力とはすごい。
 カカシは再び背を向けて歩き始める。ポーチから読み古した愛読書を取り出して読み始める。もう話しかけるなということだ。
 −−−相変わらずのイチャパラか。
 既に暗記するくらい読んでいるだろうに、一体、何がそんなにいいんだろうと思う。
 昔、ヤマトもカカシの真似をして「イチャパラ」を読んでみた事がある。まあ、面白かったけれど、一度読んだらもうそれでいいと思うような内容だった。何度も繰り返し読むほどの何があるのだろう。カカシほどの男が繰り返し読むのだから、それだけの何かがあるのだろうとは思うものの、ヤマトにはよく分からない。
 作者はあの自来也様だしなあ。
 ふと、作者と愛読者の共通点に思い至った。
「本命には手を出せない」
 ふむ、と頷いたヤマトに回し蹴りが飛んできた。