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「合コン…」
 いのちゃんの口から出た言葉を私は繰り返した。
 本部棟の掲示板の前で今週の研修授業の時間割を確認していたところだった。私達はこの間の中忍試験に合格してから新米中忍として任務をしながら研修授業も受けている。
「そ。中忍の先輩達に誘われたの。ヒナタも行かない?」
 いのちゃんは強気そうな口元をきゅっとあげて笑った。
「合コンって、男の人と女の人が同じ人数集まって、集団でお見合いするんだよね?」
 私がそう訊くと、いのちゃんは青い目を瞬いて少しぽかんとした。
「その通りなんだけど、なんか、あんたの認識間違ってるような気がするわ」
「そ、そう?」
 いのちゃんは「中忍の先輩達への顔見せみたいなものだから出ておいた方がいいわよ」と言ったけれど、私は合コンという響きにたじろいだ。おつき合いする相手を見つけるのが目的で集まるのなら父上の許しを得ないで参加は出来ないと思うし、そんなことをするならば父上や親戚の人達がきちんとした場を設けるからと言い出しそうだ。
 そして父上が連れてくる相手がナルト君であるはずはなくて、ナルト君以外の人を好きにはならないって分かっているのに他の人に会ったりするのは、ナルト君にもその相手の人にも自分自身にも不誠実だと思う。
「そんな重く考えなくてもいいわよ。単なる飲み会よ」
「でも…」
「あんた、同期以外に男の子の知り合いいないでしょ。もう私達も中忍なんだし色んな人と知り合って世界を広げておいた方がいいと思うわよ」
 いのちゃんの言葉に私は少し心を動かされた。自分が引っ込み思案で友達が少ないのは分かっていたから、誘って貰えるならどんどん人の輪の中に入っていくべきかもしれないと思う。
「サクラちゃんは来るの?」
 でも知らない人ばかりの中に入ってゆくのはやっぱり不安だったので、いのちゃんに訊いてみた。
「サクラは誘ってない」
 少しムスッとしていのちゃんは答えた。
「え、どうして?」
 また喧嘩したのかな。
「だから、どうして私とサクラをセットで考えるわけ?新しく人と出会うために合コンに行くのに、いつもの面子と一緒じゃつまんないでしょ!」
 それはそうかもしれないけど、だったらどうして私を誘うんだろう。
「サクラはいいのよ。私達と違って綱手様が面倒見てくれるんだもの」
 むくれた顔でいのちゃんが言ったので、私は黙った。そう言ったいのちゃんの気持ちがなんとなく分かる気がしたから。
「ヒナタもさ、もうちょっと男の子に免疫つけないと。いつまでもそんな内気じゃナルトが帰ってきても大した進展はないわよ」
「え…」
 ちょうど痛い所を突かれた。
 サクラちゃんはナルト君に「待ってる」って約束してるんだよね。一緒にサスケ君を取り戻そうって。そのために綱手様の許で修行してるんだよね…って、そんな事がもやもや頭の中を駆け巡っていた。
「私達に足りないのは経験と人脈よ」
 いのちゃんは腰に手を当てて言い切った。
「そ、そうかな…?」
「忍術や体術のスキルだけじゃなくて、忍としてそういうのも蓄積していかなきゃいけないと思うの」
 どう?と真っ正面から覗き込まれて私は思わず頷いてしまった。



 いのちゃんと別れた後ですぐに行くと言ってしまったことを後悔した。知らない年上の人達の中に入っていくなんて出来そうにない。それで人脈を作るなんて自分にはとても無理だ。
 家に帰る道を辿りながら、やっぱり引き返していのちゃんに断るべきかな、でも一度約束したことを反故にするなんてダメかな、とぐるぐる悩んだけど、答えは出せないまま家に着いてしまった。
 明日、会ったら断ろう。
 そう思って自分の部屋に向かった。部屋で着替えていると妹のハナビが部屋にやって来た。
 時々、ハナビは私の部屋へ来るけれど別に用事があるわけではなくて、ちょっと退屈だなあとか寂しくなると私の所へくるみたい。座っている私の後ろへ来て、私の背中に自分の背中を凭せかけて座り込んだ。気の強い子だけど、まだ甘えたい年頃なのだ。
「どうしたの?」
 尋ねるとハナビはふう、と溜息をついて「つまんない」とぼやいた。
「最近、父上ったらネジ兄さんの相手ばかりしているんだもの」
 そのままハナビはごろりと横になって、私の顔を見上げた。
 今日も父上はネジ兄さんと修行をしている。後で挨拶に行かなくては。裏庭からざっざっと摺り足で回転する音が聞こえている。ネジ兄さんも父上もあんまり素早く動くので、その脚裁きが見て取れないほどだ。庭師のおじいさんが庭の、父上とネジ兄さんがいつも組み手をしている場所を見て、ここだけはいつも掃き清める必要がないねえ、と笑っていた。
「ハナビだってアカデミーの授業があるし、お友達と会ったり忙しいでしょう?」
 私は妹を宥めるように声を掛けた。
 妹は今年、アカデミーに入学した。今までは日向の家の者の中だけで生活していたのが急に外へ出掛けていく事が多くなった。妹は性格がきついので大丈夫かしらと思っていたけど、私なんかよりずっとクラスにとけ込んでいるみたいだ。実力と自信のある子って好かれるんだなと思う。
「そうだけど、父上が修行見てくれないとつまんないよ」
 妹は小さい頃から父上との修行がすべてみたいなところがあったから、父上をネジ兄さんに取られたみたいな気持ちがするのかもしれない。私はハナビの額に掛かった黒い髪を指先で梳いてやった。妹のおでこは父上にそっくりだ。いつもは隠れているけれどネジ兄さんも同じおでこをしている。同じ遺伝子を持っているのねと思えて少し可笑しい。
 ネジ兄さんが父上に修行を見て貰うようになってから、一度だけ、父上がネジ兄さんを「ヒザシ」と呼び間違うのを聞いたことがある。ネジ兄さんは目を見開いて父上の顔を見上げていた。私も驚いた顔をしていたと思う。父上は自分の呼び間違えに気がついて、ひどく狼狽えていた。そんな父上を見たことがなかった。
 ネジ兄さんは叔父上の若い頃に似ているのかもしれない。父上は一度断ち切られた叔父上との絆を、ネジ兄さんを通して結び直したいのじゃないかしらと私は思う。
 それにネジ兄さんは教え甲斐があるのだろう。最近、父上はネジ兄さんに夢中だ。
 ネジ兄さんが父上に教えを請いに来たのは、里を抜けたサスケ君を連れ戻すための任務から帰ってきた後だった。
 ネジ兄さんは戦闘で胸に大きな穴が空いて死にかけたそうだ。シズネ様がいなかったら死んでいたんじゃないかと言われている。だから余計に父上はネジ兄さんを強くしたくて修行に力を入れてしまうのだろうというのも見て取れた。
 あの強いネジ兄さんが死ぬほどの怪我をするなんて信じられなくて私もぞうっとした。任務に危険はつきものだと小さい頃から周囲の大人達を見ていて知っていたはずなのに、そして中忍試験で私自身も大怪我をしたけれど、どこかで自分達が死ぬはずなんてないとそれまでは思っていたんだと思う。
 ネジ兄さんが死ぬかもしれないと思った時に初めて本当に死というものが身近になった気がする。
 サスケ君の事があってから私の中でも他の子達の中でも色んな事が変わった。
「ネジ兄さんには父上がいないのだから、私達の父上がネジ兄さんの修行を見てあげなくては不公平でしょう?ハナビは今までたくさん父上と一緒にいたのだから、これからは他の子達とたくさん仲良しになって、たくさんのことを勉強するの」
 ね、と妹の顔を覗き込むと渋々、ハナビは頷いた。
「アカデミーは楽しい?」
 私が問うと、ハナビは「うん」と頷いた。
「生意気な子、いるけど」
 生意気そうな顔でハナビが言うので私は笑ってしまった。



 ナルト君は今頃、どうしているかなあ。
 ハナビが部屋を出て行った後、私は一人でぼんやり座って考えた。
 自来也様と一緒に修行の旅に出てしまったナルト君。あの元気な声をもうずっと聞いていない。
 どうしてちゃんとお見送りに行かなかったんだろう。
 私はナルト君が里を出る時、恥ずかしくてきちんと顔を合わせることが出来なかった。物陰から大門を潜っていくナルト君の後ろ姿を見ただけだ。
 もっと勇気を出せばよかった。ちゃんと「いってらっしゃい」って言えばよかった。そうしたら一言でも声を掛けて貰えたかもしれないのに。
 本棚の上に置いた写真立てを手に取った。アカデミーの時に撮った集合写真だ。印画紙の上の子供達はかろうじて顔が判別できるくらいの小ささだけれど、ナルト君の写真はこれしか持っていない。まだ幼い顔つきのナルト君がいる。ぎゅっと唇を噛み締めてこちらを真っ直ぐに見ている。画面のはじっこに写っている私もまだ小さい子供だ。
 今の私は髪も伸びて、顔も大人っぽくなったと思う。
 ナルト君もきっと変わってる。あと何年、ナルト君には会えないか分からないのに、どうして勇気を出さなかったんだろう。
 考えているうちにだんだん落ち込んできてしまった。
 いつも、もう一歩が踏み出せないで後悔する。ナルト君の前に立つのが恐い。自分なんか見て欲しくない。恥ずかしい。なんだ、こんな奴って言われたら立ち直れない。
 でも、見て欲しい。
 声を掛けて欲しい。
『けどおまえみたいな奴って……けっこー好きだってばよ』
 一度だけナルト君に言われた『好き』という言葉を思い出して、私は一人で赤くなった。ナルト君にとっては全然、深い意味なんてないのは分かっているけれど、お守りみたいに何度も何度も思い出して頭の中で再生している言葉だ。ナルト君が好きなのはサクラちゃんだって知っているけど。
 −−−サクラちゃんもそうなのかなあ。
 今日のいのちゃんの様子を思い出して、私はサクラちゃんのことを考えた。
 サクラちゃんもサスケ君に貰った一言一言を大事に胸の中にとっているのだろうか。それを今でも信じているのだろうか。
 サスケ君が里を抜けてからサクラちゃんは綱手様に弟子入りして医療忍術を学んでいる。ナルト君が強くなって帰ってきた時に、足手まといにならないように自分も強くなるためなのだそうだ。そして二人で一緒にサスケ君を連れ戻そうと約束をしたって、いのちゃんが言っていた。いのちゃんはシカマル君にそれを聞いたらしい。
 自分の好きな人が里を裏切って、仲間を傷つけて去ってしまったらどんな気持ちになるだろう。
 時々、本部棟で見かけるサクラちゃんはいつも思い詰めた顔をして脇目もふらずに歩いているので声も掛けられない。いのちゃんはそんなサクラちゃんを心配したり、「勝手にすればいいのよ」と怒ったり、複雑みたいだ。
 サクラちゃんは、それでもサスケ君を信じている、って言っていた。
 ナルト君もそうなんだろう。
 今頃どこか遠い所で、思い詰めた顔をして脇目もふらずに修行しているのだろうか。
 私にもいのちゃんの複雑さは分かる気がする。
 七班の三人には三人にしか分からない、私達が入っていけない世界があるんだって、ずっと見せつけられてるみたいな気がするのだ。サクラちゃんにとって一番大事なのはサスケ君とナルト君で、ナルト君にとって一番大切なのはサスケ君とサクラちゃんだって。私にもスリーマンセルの仲間がいて、誰よりも大切に思ってはいるけれど、それとナルト君に憧れる気持ちはちがうものだ。いのちゃんもそうだと思う。
 いのちゃんはサスケ君が好きだった。その気持ちにどう折り合いをつけたのか、私には分からない。
 私がサスケ君が里を出て行ったのを知ったのは、ナルト君がキバ君やネジ兄さんと一緒に追いかけて行った後だった。
 音の里の襲撃で木の葉の里はまだぼろぼろで、やっと五代目火影様が決まったばかりだった。シノ君は任務に出ていた。私やいのちゃんやサクラちゃんは男の子達がいなくなった里でDランク任務を任されていた。
 みんなが無事に帰ってくるか不安で、とても恐かった。一緒に行けたらよかったのにと、みんな思っていた。
 もっと私が強かったら連れて行ってもらえたんだろうか。
 それとも男の子だったら一緒に行けたんだろうか。
 サクラちゃんは真っ赤に泣きはらした目でじっと何かを考えているみたいだった。いのちゃんは「心配ないって。みんなけろっとして帰ってくるわよ」って慰めてた。ああいう時、いのちゃんはえらいなって思う。でもいのちゃんも無理しているのは私もサクラちゃんも分かってた。シカマル君もチョウジ君もサスケ君を追って音の里との国境に向かっていた。
 私達があんまり沈んでいたのでテンテンさんに「しっかりしなさい!」って叱られた。
「私達は私達の出来ることをきちんとやるの!あの子達が里に帰ってきた時、里がめちゃくちゃな状態のままだったら困るでしょ!」
 それにね、とテンテンさんは続けた。
「この里に生きているのは私達だけじゃないの。子供達も、忍じゃない一般の人達もいるのよ。忍になったって事はその人達を守る側になったってことでしょ」
 忘れるんじゃないわよ!とテンテンさんは語気荒く言った。
 私は時折、その言葉の意味を噛みしめる。




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