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 次の日、私は本部棟の会議室にいた。午後から動物行動学の講義があるのだ。丁度、お昼の時間なので会議室にはお弁当を広げている人がぱらぱらといる。
 研修授業は新人だけじゃなくて、異動で新しい知識が必要になった人達も受けられるようになっている。先輩にあたる中忍達も机を並べて同じ講義を聴くわけだ。
 一つの講義の受講者はそんなに多くはないけれど色んな人がいる。でもやっぱり私には新しい知り合いも友達も出来なくて、いつも一人で隅っこのほうに座っている。今日はキバ君とシノ君も同じ講義を受けるのですこしほっとしている。
「おーす」
 キバ君がパーカーのポケットに手を突っ込んだまま教室に現れた。赤丸は少し大きくなったのでもうキバ君の頭の上には乗れない。それでも胸の中に入りたがって困るとキバ君は言っていた。パーカーが伸びちゃうんだって。今も赤丸は無理矢理キバ君のパーカーの胸元に収まって顔だけ出している。
 動物行動学の講義を三人で取ろうと言い出したのはキバ君だった。うちの班は実質、赤丸を合わせてのフォーマンセルみたいなものだからキバ君以外のメンバーも忍犬の事を知っておいてほしいという事で講義を受けることにした。
「あーあ、中忍になってからもこんなアカデミー生みたいなことやるなんて思わなかったぜ」
 くあ、と大きな口を開けてキバ君は欠伸した。
「ヒナタ、昼飯は?」
「お弁当持ってきた…」
「俺、購買でパン買ってくるわ。お茶とかいるか?」
「あ、じゃあ、あったかいの…」
 私が小銭を出そうとすると、キバ君は後でいい、と言って教室を出て行った。
 …スリーマンセルがなかったらキバ君もシノ君も私なんかと仲良くならなかったよね。
 時々、思う。
 そういう枠組みのおかげで仲間として扱って貰えることをただ幸運としか思えない。
 いのちゃんに言われたとおり、私には同期以外に男の子も女の子も仲のいい人っていないなあ、って思う。いのちゃんは合コンに誘ってくれる先輩とかいるのに。そう思うと自分も勇気を出して人の輪に入ってゆかなきゃって気持ちになる。
 自分で作った壁の中で出来ない事を出来ないと嘆いているばかりではだめなんだ。出来ることから一つずつ積み上げていかなきゃ。そうしているうちに壁なんてない場所に出られるかもしれない。
 一人きりで転んでも転んでも起きあがる、ナルト君の背中がそう教えてくれたんだ。
「合コンかあ…」
 やっぱり行ってみようかな。
「合コン?」
 後ろから静かに尋ねられて、ひゃあ、と私は飛び上がった。
「べ、別に…お見合いとかじゃないのよ…!女の子の友達が欲しいなあって…あの…私…」
「普通、合コンで同性の友達は出来ないと思うが」
 あわあわと言い訳しながら振り返った私の首の動きとは反対に、シノ君がゆっくり私の前に回り込んで一列前の席に座った。
「キバは?」
「購買に…」
 シノ君は小脇に抱えた包みから途中で買ってきたらしいおにぎりとおかずを取り出して机に並べた。私もお弁当を出して向き合ってキバ君が帰ってくるのを待った。
「誘われたのか?」
「う、うん…いのちゃんが一緒に行こうって」
 シノ君と話していると「おー、シノ」とキバ君が帰ってきた。お茶を渡してくれる。
「そんな菓子パンなんかで保つのか?」
 隣に腰を下ろしたキバ君の手の中のパンを見て、シノ君が眉を顰めた。
「俺、家で昼食ってきたんだよ」
 これはおやつ、と言ってキバ君はジャムパンの袋をバリバリ破いて食いついた。
「なんか、食っても食っても腹減るんだよ」
「チョウジ並だな」
 シノ君はそう言って笑ったけど、シノ君も随分たくさんおにぎりを買い込んできている。最近、二人ともすごく食べるようになった。でも全然太らないので、食べた物がどこへ消えてしまうのか不思議だ。
 私も自分のお弁当を広げて食べ始めた。
「何の話してたんだ?」
「え…」
「ヒナタが合コンへ行くそうだ」
 訊いてきたキバ君にシノ君があっさり話してしまったので私は慌てた。
「はあ?合コン?」
 キバ君が呆れた声を上げた。
「あ…ち、違うんだよ…その…別に男の子と…ただ…」
「いのに誘われたんだそうだ」
 しどろもどろの私の代わりにシノ君が答えた。
「行くのか?」
 キバ君に問われて私はおずおずと頷いた。
「あ…あのね…私ね…」
 行くとはっきり決めていたわけではなかったのに、確認されたら頷いていた。行くべきだという意識はあって、気弱さが自分を躊躇わせていただけだったから。私は自分の気持ちを表現する言葉を懸命に探した。
「わ…私達に足りないのは経験と人脈だと思うの…!」
 思わず拳を握りしめて言った。
「へえ!」
 キバ君は鼻で笑った。
「いのがそう言ったのか?」
「う、うん…」
 見透かされて私は俯いた。全然、巧く言葉に出来ない。
「まあ、そう頭から馬鹿にするのもヒナタがかわいそうだろう」
 シノ君が庇ってくれた。私が馬鹿なことを言い出して、キバ君に叱られて、シノ君が窘める。いつもこのパターンのような気がする。私が言う事ってそんなにくだらないのかなあ。
「引っ込み思案のヒナタがわざわざそんな場へ出たいというのだから、それなりの決心があるのだろう」
 シノ君の言葉に私はコクコクと頷いた。
「ナルトはもういいのかよ?」
 キバ君がナルト君の名前を出したので私は真っ赤になった。恥ずかしいことに、私がナルト君を好きだって事は二人にはバレてしまっている。本当に恥ずかしい。
「女の子の友達が欲しいんだそうだ」
「中忍になったから…世界を広げるべきだと思って…」
「それもいのが言ったんだろ」
 ズバズバと言い当てられて私は返答に詰まった。
「キバが反対するような事じゃないだろう。俺はヒナタが行きたいというのなら行けばいいと思うが?」
「別に反対なんてしねえけどよ。いのの口車に乗せられてるだけなんじゃねーの?」
「ち…違うよ…!」
 全部いのちゃんが言ったことだけど、でも私も本当にそう思ったんだ。
「これからはキバ君やシノ君以外の人と任務に行くこともあると思うの。だから…」
 キバ君やシノ君はずっと一緒に行動してきた仲間で、呆れられたりキツイ事を言われたりもするけど、他の誰よりも私の事を分かってくれていると思う。私はずっとそれに甘えてきた自覚がある。人見知りが激しくて口下手な私はつき合うには面倒くさい相手だと思う。自分でも二人はよく我慢してつき合ってくれてるなと思うもの。
 でもいつまでも手間の掛かる子でいたくない。
 これから先、一緒に行動する人達に迷惑や負担を掛けるような人間でいてはいけないと思うのだ。
 いのちゃんやサクラちゃんみたいに、自分からはっきり意志を伝えられるようになりたい。
「だから…」
 たどたどしく訴えた私に「ふむ」とシノ君が頷いた。
「いまいち、それがどう合コンに繋がるのか分からないがそこまで思い詰めているのなら行ったらいいんじゃないのか。心配ならキバが迎えに行けばいい」
 シノ君に言われて「なにぃ!?」とキバ君が叫んだ。
「なんで俺がそんなとこにノコノコ出掛けて行かなきゃなんねーんだよ!」
「おまえはどこの誰とも知れない奴にヒナタが持ち帰られてもいいというのか?」
「なっ…!そんなの…おまえが迎えに行けよ!」
「俺はヒナタの自主性を重んじる」
「おまえはヒナタが持ち帰られてもいいのかよ!?」
「だからおまえが迎えに行けばいいだろう」
 思わぬ言い争いを始めた二人に私は驚いた。どうして、そんな話になるの!?
「わ、私…一人で帰れるよ…!」
 違うよ、違うよ!私、誰にも面倒かけないようになりたいって言ってるのに!
 講師の特別上忍が会議室に入ってきても、暫く二人は「おまえが行け」「おまえが行けばいい」と小声で言い合っていた。




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