がちがちに強張った手を伸ばし、先ほどカカシがしたようにイルカもカカシの首筋に手を当てた。カカシが、ふ、と笑った。
「噛みついたりしませんよ」
微笑んだ口元から白い犬歯が零れる。分かるものか。この男はいつも自分の予測のできない行動に出る。柔らかく笑っていたかと思ったらいきなり冷たい言葉を突きつけたりする。ナルト達の中忍試験受験を巡って対立したときの事をイルカは今でも痛く思い出す。
最初は怖々、だんだんと触れるのを許されているのが分かってきてイルカは手の動きを大胆にした。手を滑らせてきれいな鎖骨に触れる。さっきからずっと触れてみたいと思っていたのだ。
そうだ。
ずっと、イルカはこの男を知りたいと思い、触れたいと望んでいた。
ナルトが「合格したってばよ!」とサクラとサスケとこの男を伴って下忍昇格を受付に報告に現れた時から、イルカはこの男のことを常に意識の片隅に置いていたと思う。そこに彼がいる時も、いない時も。彼はイルカの狭い世界の中で特殊で、特別な存在だった。
元暗部だという肩書きも隠されている素顔も、何を考えているのか分からない素っ気ない顔つきも、イルカだけではなく、周囲の人々にとってカカシという男は気になる存在なのだと思う。大抵の人間はそれを自分とは関わりのないものと見なして割り切って接している。イルカもそうしているつもりだったが、ピンで張り止められたみたいにいつも心のどこかがこの男に向かっていた。この男が時折くれる一瞥がイルカの気持ちを乱した。
だから、「つき合って下さい」と言われて「恋愛しましょう」と言われて、ただの冗談を真に受けたバカな奴と笑われるのを覚悟で承諾したのだ。
ずっと遠くから触れてみたいと見惚れていた銀色の獣が、なんの気まぐれか自分からイルカへ近づいてきたのだ。どうしてその毛並みに手を伸ばさずにいられるだろう。
嫌がられないように、逃げられないようにしないければいけない。一度逃げたらもう二度とイルカには近寄って来ない気がした。
初めて女の子に触れた時の事をイルカは思い出した。それから昔、同性の先輩に自分の体がどう扱われたかを思い出そうとした。
『男同士で気持ちいいところなんて同じようなもんだろ』
先輩が言っていた言葉を頼りにイルカは身を乗り出して、カカシの耳に口を付けた。
「わっ」
カカシがびくりと身を引いた。構わず耳朶を舐った。
「イ、イルカ先生!?」
ちゅ、と濡れた音をさせてくるりと丸い軟骨を唇で食んだ。耳は触覚と同時に聴覚も刺激されるから結構、クる。それはカカシも同じらしい。女の子なら先にキスとかするけど、それはありなのか、なしなのかよく分からない。カカシの右手を片手で掴んだまま、イルカは利き手を彼の鎖骨から浴衣の袷の中に差し込んだ。
胸の膨らみはない。当然ながら。
だがしっかりとした筋肉の手応えがあった。飾りのような小さな乳首が掌にあたる。思ったよりも厚みのある胸板にイルカは無意識にぶるっと震えた。
暗がりで、犬だと思って抱き寄せたら狼だった。
あるいは寝そべった毛皮の下に生きている虎がいたら、こんな気持ちになるんじゃないだろうか。
カカシの腕が腰に回された。大きな掌がイルカの脇腹を掴む。その感触に急に心臓がどきどきと走り出して、息が苦しくなった。脇腹の骨のない柔らかい場所に指の一本一本の感触がはっきり分かるほど、強く掴まれている。イルカの形を確かめるようにその手がゆっくりと脇をさすりあげる。イルカの触れているカカシの肌の下で、胸から腕に繋がる筋肉がぐっと動いたのが分かった。
「お、俺がしますから!」
くらくらする。湯中りしたみたいに。
「俺もイルカ先生に触りたいです」
耳にカカシの低い声が吹き込まれる。イルカはぶるぶると首を振った。
体格はそんなにかわらないはずだ。腕力だって、そんなに違いがあるとは思わない。チャクラ量や忍術の技術は中忍と上忍の違いはあるだろうが、今はそんな事が関係あるとは思えない。
なのにカカシに触れられたらいいように扱われてしまうんじゃないかという予感がした。
抱き寄せられそうになるのに抗ってイルカは身を捩った。カカシの両肩を掴んで頭でぐい、と彼の胸を押す。カカシの腕から逃れたくてした動物じみた仕草だった。腕の中で藻掻いたイルカを持て余してカカシの手が背中を滑る。
「俺がします!俺、慣れてますから!」
イルカは夢中で目の前にあるカカシの胸板に吸いついた。
「え!?」とカカシが一瞬、怯んだのをいいことに、イルカは手をカカシの浴衣の中に突っ込んで好き勝手にカカシの体をまさぐった。
「慣れてるの?」
されるがままでカカシが訊いた。
「はい」
主導権を握られたくない一心でそう答えた。嘘ではない。男同士でもした事ならある。
「中忍になったばかりの頃にちゃんと先輩に教わりました」
だから俺に任せてください、と言ってイルカはカカシの肋骨の上の薄い皮膚に舌を這わせた。イルカの主張に押されるように伸し掛かられるままカカシは後ろに手をついた。
カカシが動くのを止めたのでイルカは安心してカカシに触れた。風呂から上がった後のせいか、カカシの皮膚は乾いてかさついていた。それがなんだか拒まれているような感触をもたらした。舌と唇でじくじくと湿り気を与えていく。
この人はいつも乾いているような印象だ、とイルカは思った。
冷たくても熱くても乾いている。
さらりとして粘り気なんて全然ない。
なんでも、なにかあっても、「ああ、そうなの」で終わらせてしまいそうだ。
そんなままで自分に触れてほしくない。そんなあっさりした接触でも自分にとっては堪らないのだ。一緒に並んで歩いて、家に呼んで、それだけで嬉しいのに、別れ際に背中を見送るのはいつも自分の方だ。カカシは振り返りもしない。今日だって、イルカと休暇に来られて浮かれていますみたいなことを言っておきながらイルカが女達に連れて行かれるのを黙って眺めていて、自分は昔の女と話し込んだりしていた。
つれない男だ。
分かっているのに触れられたら自分を見失ってしまうんじゃないかと思う。そんなのは嫌だ。
それよりこの男の乱れる様が見たい。
自分の手でこの強くてきれいな男を喘がせてみたい。
唇できつく吸うとカカシの白い脇腹に鬱血の痕が残った。こんな愛撫でカカシが感じるか分からない。赤くなった部分をぺろりと舐めてイルカは手をカカシの腿に滑らせた。さらさらした浴衣の生地の上からカカシの股間のものに触れてみた。
イルカせんせい、と慌てた声が頭の上でした。
構わずイルカはカカシの浴衣の裾を掻き分けて熱を持ち始めたそれに直に触れた。一番ダイレクトに快感に繋がる場所だ。他に手管なんて持っていない。
掌でカカシの熱を包んだ。
他人のものに触るのは初めてではないが、さすがに緊張した。おっかなびっくりでぺたぺたと触ってみる。先端を手の平の厚い部分で擦ってやわやわと握る。だんだんと熱く硬くなってくる。
は、と息を吐いてカカシがイルカの肩に尖った顎をのせた。少しずつ先端から液が滲み始めた。それを指の腹で掬っては全体に滑りを広げてゆく。カカシの脚の間に座り込んで、掌全体を使って扱いた。肩口の銀の髪がぱさりと動いて耳に鋭い刺激があった。カカシがイルカの耳を噛んだのだ。
「その先輩にも、こうしたの?」
囁いた声は予想したよりもずっと平坦なものだった。